去年「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」(小学館)で作家デビューした岸田奈美さん。岸田さんのお父さんは若くして他界し、母のひろ実さんは病のため車いすユーザーとなり弟良太さんはダウン症。そんな岸田家の“タイムスリップ”な日々を聞く後編は、奈美さんがコメンテーターを務める予定のパラリンピックについて聞いた。

作家の岸田奈美さん。新作「もうあかんわ日記」で岸田家の日常を面白おかしく描いた
作家の岸田奈美さん。新作「もうあかんわ日記」で岸田家の日常を面白おかしく描いた
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「パラリンピックの報道って違和感があります」

――奈美さんはパラリンピック番組のスポーツコメンテーターをする予定だそうですが、あまり奈美さんとスポーツってイメージが結びつきませんね。

奈美さん:
番組の打ち合わせがあって、「私、スポーツ苦手です」と言ったんですよ。だって運動音痴でクラスでも学校でも下だったんです。パラリンピックでアスリートを応援しようというのはもちろん素晴らしいですけど、「アスリートが頑張っているから感動をもらおうっていうスタンスで私はしゃべれないです」と言ったんです。

――じゃあオリンピックも観ていなかったのですか?

奈美さん:
今回初めて女子スケートボードを見て、実況がめちゃくちゃ面白かったのと、何回転んでもアスリートたちが励ましあって、敵も味方も関係なく競技やっているのにはすごく感動して。競技で培われた文化とか、独自のルールとか実況が面白いから観ました。

ただパラリンピックの報道って、なぜか障がい者が頑張っているだけで偉いとか、普通(健常者)の競技と比べてここが難しいみたいな比較の説明しかないのは違和感があります。

よく「バスケが嫌い」とか「マラソンは観ていて面白くない」と普通に言うじゃないですか。それって差別じゃないですよね。でも「車いすバスケって面白くないよね」とか「車いすラグビーってわかんないよね」と言うと、なぜか差別的でよくない発言に聞こえてしまうような。

岸田家の人々。お母さんのひろ実さん、奈美さん、長男の良太さん
岸田家の人々。お母さんのひろ実さん、奈美さん、長男の良太さん

コメンテーターとして意外な質問も投げかけてみたい

――それはある意味、逆差別ですね。

奈美さん:
だからそれはやっぱり良くないと思うので、打ち合わせでは「競技は競技として、何を伝えれば面白く観られるのか?面白くないんだったら面白くないと言えるようなフラットな感じで、伝えたいと思います」と言ったら、なぜかコメンテーターをさせてもらうことになりました(笑)。

――興味関心のない人たちに関心を持ってもらうのはコメンテーターの腕の見せ所かもしれませんね。

奈美さん:
例えば、車椅子ラグビーは見ていて激しくぶつかるじゃないですか。だから番組では「あれは機械と機械がぶつかっているから、ロボットアニメが好きな人は好きになるだろうな」と言ってみたり。

「車いすラグビーの選手は皆足が動かないんですか?」って聞くのを躊躇してしまう方が多いと思うんですが、車いすの母にずっと寄り添ってきた立場から、競技を理解するために必要な情報であれば聞いてみたり。

奈美さん「車いすの母に寄り添ってきた立場から、必要な情報は聞いてみたり」
奈美さん「車いすの母に寄り添ってきた立場から、必要な情報は聞いてみたり」

アスリートの人柄に興味を持ってもらえるように

――パラリンピックの競技はルール解説が難しいですよね。

奈美さん:
パラリンピックの一部のチームスポーツは障害の度合いによって持ち点が違いますよね。これはパラリンピック独自の文化で、普通のスポーツだとありえないけど、こうしたルールは学校で「障がいがある人と一緒に運動する時にどうするの?」と考える時、1つのヒントになると思うんですよ。

だから「もしこうしたルールが学校にあれば、運動音痴の子どもにもパスが回るかもしれないし、ヒーローになるかもしれないですね」と番組で言ったら、視聴者は面白いなって思うんじゃないですか。

――パラリンピックの番組ではよく選手のライフヒストリーを紹介しますよね。しかしパラリンピックのアスリートからテレビ側に「それより競技をもっと紹介して欲しい」という声もあって、テレビ側もどこまで紹介すればいいのか悩みながら放送しているところがあります。

奈美さん:
選手に人間味を感じられるのはいちばん面白いんですけど、障がいのある選手ってどことなく聖人君子みたいで、ちょっと自分と違う文化の人みたいに思われがちですよね。

でもインスタとかでしょうもない発信とかしている選手もいるので、「今日はこの選手、練習後にシャワー浴びたときにシャンプーはロクシタンだったそうですよ」とか余計だけどちょっと人柄に興味を持ってもらえるようなことが言いたいです。

ひろ実さんはパラリンピックの聖火リレーに参加。車いすを押す良太さんと。
ひろ実さんはパラリンピックの聖火リレーに参加。車いすを押す良太さんと。

「ちょっとぶっ飛んだ人を見つけるのも楽しみ」

――ひろ実さんは今回聖火リレーを行いましたね。そもそもパラリンピックに興味があったのですか?

ひろ実さん:
私もパラスポーツは当初はあまり興味がなかったんです。私が入院していた病院がスポーツを通して社会復帰しようという病院で、大きな体育館があってバスケをやることがステータスでヒーローの道だったんですよね。でも私は何が楽しいのかわからなくて、スポーツよりも早く仕事がしたいという感じでした。

でも今年パラリンピアンの一ノ瀬メイさんとお話をする機会があって、スポーツを通して自分のアイデンティティが確立されて、生きる意味を人に与えることができるという話を聞いて考えさせられました。だから今回のパラリンピックは違う視点で、たとえば選手たちがなぜこの競技を選んだのかを知りたいと思いますね。

――最後に奈美さんからパラリンピックの楽しみ方を一言。

奈美さん:
パラスポーツをやっている人は心が美しいというような報道があるけど、いい意味でアスリートって本当は超自分勝手で、自分勝手同士の超人が集まって息をあわせていて、それがかっこいいですよね?なので私としてはちょっとぶっ飛んだ人を見つけるのもすごく楽しみですね。

――ありがとうございました。

(聖火リレー関連写真撮影:別所隆弘)

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。