南太平洋のトンガ沖の海底火山で15日におきた大規模噴火で、気象庁は当初、「若干の海面変動の可能性」としていたが、1メートル超の潮位の上昇を観測したことから16日未明になって太平洋沿岸に津波警報と注意報がだされた。いったいどのような津波だったのか、海洋力学の専門家に話を聞いた。

トンガ沖の海底火山が噴火
トンガ沖の海底火山が噴火
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「空気の振動=空振」の影響ではないか

ーー今回の津波の特徴は

東京大学 日比谷紀之教授:
火山噴火に伴う津波には多くの事例がありますが、今回の津波で非常に興味深いのは気象庁の「若干の海面変動」の予測より2時間半も早い約7時間で日本に到達したこと、そしてトンガと日本の間では大きな津波が観測されなかったということです。

トンガの火山噴火域で起きた津波自体は日本までの約8000キロメートルもの長距離伝播の間にかなり減衰していたであろうことから、日本で観測された津波は火山爆発の衝撃波によって発生した「空気の振動=空振」の影響ではないかと考えました。

東京大学 日比谷紀之教授
東京大学 日比谷紀之教授

ーー時間が早まったことと空振の関連は

地球の海の平均深度は約4キロメートルで、海洋の波の速度は秒速約200メートル、時速約720キロメートルです。これで計算すると、トンガから日本への到達時間は気象庁が当初発表した約10時間となります。空振は噴火の際の衝撃波から音波に変化していきますが、秒速約300メートル、時速約1100キロメートルで、今回の到達時間と合致します。空振が海洋の波と共鳴したことを強く示唆しています。

空振は海洋の波よりも速く伝播しますが、水深約8キロメートルの日本海溝のように海が深いところでは海洋の波の速度も上がります。今回も海が深くなっていくところで海洋の波の速度が空振の速度に近づいて共鳴が起こり始め、徐々に波高が高くなって津波になったと思われます。

海が深くなると共鳴が発生 ※日比谷教授への取材を基に作成 イラスト:さいとうひさし
海が深くなると共鳴が発生 ※日比谷教授への取材を基に作成 イラスト:さいとうひさし

例えると、トンガ周辺の海域では、空振という大気の波は特急列車、海洋の波は普通列車ですが、海が深くなって両者が共鳴状態に近づいてくれば、海洋の波も特急列車になるので、到達時間が予想より早くなり得るのです。

長崎湾など九州西部沿岸の「あびき」と同一か

ーーこの現象は特異なものか

実を言うと特異なものではなく、このような現象は気象津波(メテオ津波)と呼ばれています。気象津波は気圧の変化など大気の小さな乱れが海面に力を加えて発生させるもので、日本では九州の西部沿岸域で発生する「あびき」と呼ばれる現象がこれにあたります。
この原因は東シナ海の大陸棚上での大気の波と、それによって発生する海洋の波との共鳴によるものだということがわかっています。

川を遡上する「あびき」  撮影 長崎地方気象台 2009.2.25
川を遡上する「あびき」  撮影 長崎地方気象台 2009.2.25

中国大陸から東シナ海に伝播してくる大気の微気圧変動が海洋の小さな乱れを作って、時速100キロメートルくらいで東に移動します。東シナ海は太平洋よりも水深が浅く、約100メートルの深さの大陸棚が500キロメートルにわたって広がっていますが、この海域での海洋の波の速度も時速約100キロメートルほどになるので、最初は2センチ程度の海洋の波が大気の微気圧変動と共鳴を起こすことで徐々に増幅されながら伝播していきます。

こうして増幅した海洋の波が長崎湾や枕崎湾に入って被害をもたらします。スケールや速度は違いますが、今回の津波の基本的なメカニズムはこの「あびき」と同様で、そういう意味では今回の津波も気象津波(メテオ津波)といえるのです。
 

ーー「あびき」の発生条件や予測は

冬場にしか発生しないものの、1メートルを超えるくらいの「あびき」はほぼ毎年のように起きていて、浸水や冠水などの被害があります。過去最大の「あびき」は1979年に長崎湾内の検潮所で2メートル80センチを記録したもので、造船所の一部を破損するなどの大きな被害がありました。また晴天で海も穏やかな日に発生するなど、天候との関係はなく、不意打ちを受けることが多くなっています。

東シナ海は島がなくて気圧計が設置できないこともあり予測は難しく、なぜ大気中に微気圧変動が起きるのかというメカニズムもまだ十分に解明されていません。しかしながら、世界では東シナ海のほか地中海、北海など浅い海域が広がっているところで頻繁に観測されていて、大気と海洋との共鳴という相互作用によって発生することが証明されています。

川を遡上する「あびき」 撮影 長崎地方気象台 2009.2.25
川を遡上する「あびき」 撮影 長崎地方気象台 2009.2.25

日本の火山噴火による空振被害

ーー日本国内の島嶼部や陸地の火山噴火での空振被害は

陸地の火山噴火でも空振は発生しますが、特に、島嶼部の噴火で空振が発生した時は、一定の条件が揃えば太平洋の島々や対岸のチリなどに今回と同様の被害をもたらすことはあり得ます。一方、島嶼部に近い沿岸部では空振よりもまず、火山の噴出物の海への落下や、噴火に伴う地滑りによって発生する津波への警戒が必要です。インドネシアなど多くの島がある海域では噴出物や地滑りによって周辺の島への津波被害が起きています。
 

ーー今後も同様の噴火や津波の可能性は

火山噴火は世界的にみれば珍しいことではありません。また「あびき」のような大気の動きという「見えない気象現象」での津波も毎年、各地で起きています。

大規模噴火による空振の発生で言うと1883年のインドネシアのクラカタウ火山の噴火では、空振が地球を何周もして世界各地の海の波と共鳴して津波を発生させました。
 

トンガ沖の海底火山噴火の衛星写真
トンガ沖の海底火山噴火の衛星写真

「想定外」ではない 気象津波は発生している

ーー有効な対策は

まず空振という存在を頭に入れることです。想定外という言葉は使わないで欲しいと思います。現に九州の西部沿岸域で気象津波は起きているわけですし、かつてクラカタウ火山の噴火に伴う空振で津波被害が発生したことは厳然とした事実なのです。

それと防潮堤など沿岸部の防災対策、また何か危険性があれば 「すぐに高台に避難する、海に近づかない」などの防災意識や防災教育が大切なことだと思います。それは2011年の東日本大震災で学んだ教訓でもあります。

今回のような火山噴火の空振による津波、また地震が起きたわけでもなく天気が悪くなったわけでもないのに発生する津波は国内でも世界でも日々起きています。大気と海がある一定の条件を揃えれば今回のような気象津波が発生するということは忘れてはいけないと思います。

東京大学 日比谷紀之教授(左)
東京大学 日比谷紀之教授(左)

日比谷 紀之教授
東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 研究分野は海洋力学、海洋波動理論、深海乱流など 出前授業など海洋学の普及活動にもあたっている

【執筆:フジテレビ 解説委員室室長 青木良樹】                                     

青木良樹
青木良樹

フジテレビ報道局特別解説委員 1988年フジテレビ入社  
オウム真理教による松本サリン事件や地下鉄サリン事件、和歌山毒物カレー事件、ミャンマー日本人ジャーナリスト射殺事件をはじめ、阪神・淡路大震災やパキスタン大地震、東日本大震災など国内外の災害取材にあたってきた。