山口県熊毛町八代(現在の周南市)には、特別天然記念物「ナベヅル」と人間が共生する場所がある。毎年シベリアから飛来する群れの中に、「黒太郎」と名付けられた1羽のツルがいた。黒太郎一家の成長と別れ、それを見守る村人たちの10年間の記録を伝える。

フジテレビ系列28局が1992年から続けてきた「FNSドキュメンタリー大賞」が今回、第30回を迎えた。FNS28局がそれぞれの視点で切り取った日本の断面を、各局がドキュメンタリー形式で発表。今回は第14回(2005年)に大賞を受賞したテレビ新広島の「黒太郎一家の10年 ~ナベヅルと暮らす村・八代~」を掲載する。

前編では、八代に毎年訪れるツルたちの生活とそれを影で支える村人たちを取り上げた。後編は、黒太郎一家に訪れた厳しい現実とツルの里・八代のその後をお伝えする。

(記事内の情報・数字は放送当時のまま掲載しています)

八代がツルの飛来地となった理由

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特別天然記念物「ナベヅル」は、江戸時代には幕府がツルの捕獲を禁止していたこともあり、日本各地に飛来する鳥だった。しかし明治時代に入ると、その規制が自然消滅したこともあり、相次ぐ乱獲でツルは減り続けた。今では唯一、八代だけが本州の飛来地となったが、なぜ山間の農村に生き残ることができたのだろうか。

1887年(明治20年)に発行された県令に、謎を解く鍵は隠されていた。日本中でツルが乱獲される中、八代の村人たちはツルを守ろうと猟師と対立。それを耳にした県知事がツルの捕獲を禁じる県令を作ったという。この捕獲禁止令こそ、日本で最初の自然保護条例だった。

それ以来、八代の人々とツルの共存は奇跡的に守られてきた。人間と野生のナベヅルが一緒に生活するおとぎ話のような光景が毎年繰り返されたのだ。そして21世紀になった今でも、毎年12月には、命を落としたツルの霊を慰める慰霊祭が行われている。

1998年11月8日。その八代でこの日、奇妙な出来事があった。

例年群れで八代に訪れる黒太郎が、なぜかたった1羽でやってきた。しかも棚田に降り立つと、他のツルを威嚇し、毎年家族で暮らしていたテリトリーに誰も入れさせまいとする。そしてまるで何かを探すように棚田の上を飛び回る。

事情が明らかになったのは9日後、黒太郎が1羽のツルを連れて棚田にやってきたのだ。彼は遅れてくる妻のため、たった1羽でテリトリーを守っていたのだ。

黒太郎の妻。足にけがをしていた

9日も遅れてきた理由はすぐに分かった。妻は足にけがを負い、歩き方はぎこちなく、その片足はうまく排泄ができずに糞がこびりつき、白くなっていた。

足を引きずりながらも、黒太郎の後を追い懸命に歩く妻は、棚田を隔てている急な斜面が立ちはだかっても、上手に翼を使ってよじ登っていた。これなら無事に冬を越すことができそうだ。

翌年の1999年3月、八代にまた北帰行の季節が巡ってきた中で、ツルを見守るための監視所にいつにない緊張感が漂っていた。傷ついた黒太郎の妻が無事に帰れるのか。

見ると、歩き方はぎこちないものの健康状態は悪くなさそうだ。大きく翼を広げ、力強く羽ばたく。そして軽やかに上昇すると、仲間たちと合流した。編隊の先頭はけがをした妻。遅れないよう、群れの全員が彼女にペースを合わせているのだ。

よく見るとけがのために足がそろっていない。それでも力強く羽ばたき、順調に高度を上げていく。黒太郎たち仲間に支えられ、無事にシベリアへ旅立った。

傷ついた妻に寄り添う黒太郎…冬を越せるのか

山口県では、1975年に山陽新幹線が開通し、1992年には山陽自動車道が完成。ゴルフ場建造も相次いだ。この30年で八代周辺の自然は急速に失われ、同時に八代のナベヅルの渡来数も激減した。しかし、ツルが減った原因は自然破壊だけではない。

出水平野に集まるツルたち

その答えは鹿児島県出水市にある出水平野にあった。海に近く、平坦なこの土地は、本来湿地帯で暮らすツルには絶好の環境だ。ここには世界中のナベヅルの実に9割、9千羽が毎年飛来しているという。そして住民は農作物を荒らされないよう湿地の一部に大量の餌をまき、ツルを一カ所に集めていた。その結果、八代など他の土地で育ったツルまで集まるようになってしまったのだ。

八代のツル保護研究員、河村さんは、その実情を次のように分析した。

「(ツルは仲間が)ようけおるところに集まる習性もあるんですが。人間でも同じですね。田舎が過疎になって、都市に人が集中している現象と非常に似ているところがあって。やはり出水は住みやすいし、八代がだんだん少なくなっていくから、集まっていく」

傷ついた妻に寄り添う黒太郎

2001年10月30日。この年も黒太郎は傷ついた妻とともに、2羽の子どもを含む一家4羽で八代にやってきた。妻の足取りはぎこちないままで、全快にはほど遠い状態だ。少し歩いただけで足を折り座り込んでしまうこともある。むしろ悪化しているようにも見える。

黒太郎も心配なのか、幾度もそばに来て寄り添う姿を見せる。ナベヅルにとって最大の天敵のキツネが妻を狙うも、懸命に威嚇し、追い払う姿もあった。

2002年春、黒太郎一家を襲った悲劇

年が明けた2002年2月、八代は記録的な大雪に見舞われた。激しい雪の中、黒太郎夫妻はたくましく生きていたが、野生動物は小さなけがでも命取りにつながる。

白一色の世界でじっとうずくまる、傷ついた黒太郎の妻。このままでは凍死する危険もある。黒太郎は妻に歩み寄り、そして共に苦しみを乗り越えようとするかのようにじっと寄り添った。

しかし冬を超えたある2002年3月4日、北帰行を間近に控えた八代の里で、まるで何かに追い立てられるように、異様に興奮した黒太郎が棚田を走り跳ね回っていた。

よく見ると、黒太郎に付き従っている鶴は2羽の子どもだけで、昨日までいた妻の姿がどこにもない。   

ツル保護研究員の河村さんにとっても、予想外のできごとだった。

「ねぐらを調べてもキツネなんかに襲われた形跡はないんですね。襲われたのならその形跡があり、それをたどれば死骸なんかも見つけ出すことができるんですが、それはどうもなかった」

鳴く黒太郎の姿

北帰行を目前に、跡形もなく消えた黒太郎の妻。自分が足手まといにならないように身を隠したのかもしれない。それは群れを大切にする野生動物の間では、しばしば確認されている行動なのだ。

突然奇妙な声で鳴き始めた黒太郎。これまで誰も聞いたことがない、不思議な声だった。

それから9日後の3月13日。例年より1週間ほど遅れ、ツルたちはシベリアへと旅立った。ところが田んぼには、黒太郎一家の姿が残っていた。仲間たちには加わらず、八代に残っていた。複雑な面持ちで見守る村人たちは、本来なら農作業を始める時期だが、誰一人田んぼに入ろうとはしない。

3月19日、不意に黒太郎が飛び立つが上昇気流に乗ろうとせず、いつまでも棚田の上を低く飛ぶばかり。その姿は、誰かを探しているようにしか思えない。その後黒太郎は、空からの捜索活動を飽くことなく何日も繰り返した。長年ツルを見慣れてきた八代の人々にとっても、心を揺さぶられる光景だった。

仲間の北帰行から11日後、観測史上最も遅い3月24日に、黒太郎一家はその春最後の離陸を行った。いつもの北帰行とは違うルートで、二度と会えないだろう妻に別れを告げるように八代の上空を大きくひと回りして、シベリアへと旅立った。

ツルの里・八代に戻ってきた黒太郎

ここ数年、八代のツルの数は減りつづけ、黒太郎の妻が姿を消した2002年、八代を飛び立ったナベヅルの総数はわずかに16羽。2003年の春はさらに少ない12羽になり、2004年春はとうとう11羽。観測史上最低を記録してしまった。

八代の人たちは諦めなかった。毎年秋のツルたちが来る前に行う、山の中に放置された田んぼを手入れする「ねぐら整備」に村ぐるみで取り組む。

かつてツルがねぐらにしていた山間部の棚田は、放棄されて荒れ放題になっていたため、村人たちが草を刈り、水を張り、安心して休める場所に作り替えた。なぜそうまでして黒太郎たちを守ろうとするのだろうか。

「八代のツルは八代の人が守ったから、来ることができたんです。八代の狭いところにツルがいるというのは本当に奇跡なんですよね。年々環境が変わってツルが離れてしまうということは、八代そのものがなくなることと同じではないかと思います」

こう話した元監視員の男性は、監視員の引退後も会合に参加し、ツルを守る大切さを訴えている。ツル保護研究員の男性も、地元の小学校で開かれた集会に参加し、子どもたちにツルの素晴らしさ、ツルの里・八代の貴重さを語りかけていた。

再婚した黒太郎とその一家

2004年10月27日、八代の人々の願いが通じたのか、はるかシベリアからの旅人・ナベヅルが今年もやってきた。しかもそれだけではない。黒太郎の傍らには、大人のメスと子どもが1羽いた。なんと彼は再婚していた。

パートナーを失い、二度と八代に来なくなる可能性さえある中、新たな家族を加えた黒太郎は元気な姿を見せてくれたのだ。この一家のおかげでこの年、八代に飛来するナベヅルの数は13羽にまで回復した。

人とツルが共に暮らす村、八代。大切な仲間としてツルを思いやる人々の願いを乗せ、黒太郎一家の新たな10年が始まる。

(第14回FNSドキュメンタリー大賞『黒太郎一家の10年 ~ナベヅルと暮らす村・八代~』テレビ新広島・2005年)

山口県周南市によると、八代へのナベヅルの渡来数は減少し、2008年には過去最低の4羽となった。しかし、ツル誘引策のデコイ(ツルの模型)の設置、保護ツルを譲り受け、一定期間に放鳥する活動などに取り組んだ結果、2021年は9羽が渡来しているという。

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