山口県熊毛町八代(現在の周南市)には、特別天然記念物「ナベヅル」と人間が共生する場所がある。そして毎年シベリアから飛来する群れの中に、「黒太郎」と名付けられた1羽のツルがいた。黒太郎一家の成長と別れ、それを見守る村人たちの10年間を伝える。

フジテレビ系列28局が1992年から続けてきた「FNSドキュメンタリー大賞」が今回、第30回を迎えた。FNS28局がそれぞれの視点で切り取った日本の断面を、各局がドキュメンタリー形式で発表。今回は第14回(2005年)に大賞を受賞したテレビ新広島の「黒太郎一家の10年 ~ナベヅルと暮らす村・八代~」を掲載する。

ナベヅルは毎年秋に八代を訪れ、翌年の春には繁殖地のシベリアへと帰っていく。前編ではこの「北帰行」をめぐるツルの生態、それを陰で支える村人たちの姿を追った。

(記事内の情報・数字は放送当時のまま掲載しています)

ツルと人間が共生する場所

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山口県南部の「八代盆地」には、少し変わった村がある。毎年秋、イネの刈り入れが終わると収穫を済ませた棚田に村の人たちが集まり、丁寧に土をならして稲わらを敷き詰める。準備を整えると、まるで友達の帰りを待つように空を見上げる。

10月の半ば、待ちに待った日が到来した。村の上空を軽やかに舞うのは、2000キロ彼方のシベリアからやってきた野生のツルの群れ。ここは本州でたったひとつ残された、特別天然記念物「ナベヅル」の飛来地だ。

ツルが来ると村の暮らしは一変し、ツルを家族のように温かく迎える。

ツルたちも村人の気持ちが分かるのか、人が近くにいても逃げ出す気配はない。もちろん、柵や仕切りもない。ここは人とツルが一緒に暮らす、世界でもとてもまれな場所だ。

そんな八代の自然を象徴する1羽がいる。いつも群れの中心にいる、大きなオスのツルで「黒くて強いオス」とのことから、子どもたちから「黒太郎」と名付けられた。

群れ一番の暴れん坊で気性が激しく、仲間と喧嘩することもしょっちゅうだ。しかし乱暴なだけではなく、家族や仲間を大切にするとても思いやりのあるツルだ。

黒太郎一家を見守る村人たち

1995年11月。八代の一日は黒太郎たちの声で始まる。餌を食べるため、朝早く山奥のねぐらから棚田へとやってくるのだ。ナベヅルは体長約100センチ、翼を広げると180センチにもなる大きな鳥で、羽の色が鍋底の墨に似ているところからその呼び名が付いた。

この年、八代に来たナベヅルの数は23羽。

黒太郎たちが一日を過ごす棚田の真ん中には、ツルを見守るための監視所がある。中では朝早くから監視員の弘中数実さんが熱心にツルを観察していた。30年以上、1日も休まずにツルを見守り続けているという。

「ペットとして見るじゃなしに『仲間』として同じ立場から見てやらないと、長続きしないのではないかと思うんですよね」

昼間になると、監視所の中は黒太郎たちに会いに来た村人たちでいっぱいとなり、ツルが八代を去る翌年の3月まで、ここは憩いの場となる。

棚田にいる黒太郎たちは一家4羽、全員そろって食事をしていた。ナベヅルは雑食性で穀物はもちろん、ミミズやタニシなどの小動物も食べる。

ナベヅルの繁殖地は八代から2000キロ離れた、シベリアの大雪原だ。卵の数は1個か2個で生まれたてのヒナの大きさは十数センチだが、その後半年で急成長する。子どもが親と一緒にいられるのはあと数カ月で、シベリアに戻ったら独り立ちしなければならない。

夕方になると、授業を終えた近所の小学校の5年生と6年生が監視所にやってくる。黒太郎たちが八代にいる間、毎日欠かさず観察を続けているという。

監視員にアドバイスを受けながら、一生懸命日誌をつける子どもたち。黒太郎が主役のこの記録は毎月発行される「つる日記」という新聞になり、村中の一軒一軒の家に手渡される。

その黒太郎は、棚田で飛び立ったかと思うと、他のツルの前に強行着陸をして追い払っていた。実はこれはテリトリーの確認で、食べ物を確保するため、家族ごとに一定の広さの田んぼを縄張りにしているのだ。1995年秋のテリトリーを見ると、真ん中の一番いい場所は黒太郎一家の物となっていた。

八代盆地に日が沈むと黒太郎たちの一日も終わり、ツルは家族ごとに山奥のねぐらへと帰っていく。だが、監視員と子どもたちの一日はまだ終わらず、黒太郎たちが翌日食べる餌を用意するため、大きな袋を抱えて黒太郎たちが帰った後の棚田に向かうのだ。

餌は主に籾が付いたままの稲穂で、それをまんべんなく棚田にまいていく。黒太郎たちを怖がらせないよう、そして餌付けされて野生を失ってしまわないよう最新の注意を払う。八代の人たちはこうした地道な手助けを、何十年にもわたって続けているのだ。

シベリアを目指す旅「北帰行」

秋の飛来から5カ月が過ぎた、1996年3月。さまざまな生命が生き生きと活動を始めた豊かな八代の自然の中に、元気な黒太郎一家の姿があった。子どもたちは半年足らずの間にたくましく成長し、頭の色もほとんど親と見分けがつかないほどになっていた。

この頃になると、ツルたちの行動に変化が起きる。それまで家族ごとに分かれていたテリトリーが消え、23羽全員が黒太郎の周りに集まってくるのだ。それは春の一大イベント、2000キロ彼方のシベリアを目指す旅「北帰行」のためだ。

北帰行は1カ月がかりの過酷な旅で、途中で力尽きてしまう危険がある。だからこそ、経験豊富な黒太郎のもと、一丸となって旅立つのだ。

村の人にとっても北帰行は大切な一年の節目で、連日多くの人が棚田の前に詰め掛ける。監視所の中も緊張気味で、ツルの一挙一動に目を光らせる。長年地元でナベヅルの研究をしているツル保護研究員の河村宣樹さんは、北帰行直前のツルの行動をこう話す。

「初めは餌をよく食べているんですけど、だんだん飛ぶ前の時間になってくると餌をあまり食べなくなってじっとしている。西の空を見て、鳴き声も『クックッ』とちょっと間をおいて鳴くんですね」

午前10時、河村さんの言葉の通り、ツルたちがシベリアの方角である西を向き始めた。いよいよ北帰行へのカウントダウンだ。監視所から300メートルほど離れた場所にある小学校でも、全校生徒が黒太郎の北帰行を心待ちにしていて、校内で一番よく見える体育館の裏に続々と集まってきた。

午前10時3分。ツルたちが一斉に西の空を見上げる。よく見ると陽炎が立っている。この陽炎こそ、北帰行に欠かすことのできない条件だ。強い日差しで地面の空気が温められると上昇気流が発生し、この気流に乗り旋回しながら急上昇し、旅立つのだ。

午前10時4分。ツルたちが「クックッ」と鳴き交わす。北帰行の時にしか聞くことのできない旅立ちの歌だ。そしてツルたちは悠然と離陸。子どもたちが校庭に向かうと、ツルは旋回をしながら上昇し、何度も小学校の真上を通っていく。まるで子どもたちに「さようなら」をしているように見えるのだ。

23羽いるはずが19羽しかいない

ところがその時、全部で23羽いるはずのツルを数えてみると、何度数えても19羽しかいないのだ。

実は、黒太郎の一家だけが飛び立っていなかった。何か北帰行をためらうことでもあったのだろうかと思った次の瞬間、どこかしぶしぶといった感じで離陸した黒太郎一家。上昇気流に乗って高度を上げていった。先に行った19羽はもうはるか上空で待っているようだ。

しかし黒太郎一家の子どもの1羽がうまく上昇気流に乗ることができず、編隊が崩れてしまう。その後もなんとか上昇気流をとらえ、編隊を組み直そうとチャレンジするが、何度やってもうまくいかない。

悪戦苦闘する黒太郎一家の様子を、ハラハラして見守る村の人たち。子どもたちも「頑張れ」と声を枯らして応援する。しかし上昇気流が足りずに失敗を繰り返すばかりだ。

黒太郎は、最初から上昇気流が足りないことに気づいていたのかもしれない。飛び立ってから1時間後、ついに黒太郎一家は北帰行を断念して棚田へと舞い戻ってきた。

すると旅だったはずの19羽の群れも棚田に戻ってきた。北帰行を途中で取りやめて戻ってきたのだ。こんなことは今まで一度もなかった。これは黒太郎一家を気遣う仲間たちの思いやりだったのかもしれない。

翌日、八代は好天に恵まれ、照りつける日差しで強い上昇気流が発生した。そして午前9時48分。今度こそ、1羽も遅れずに23羽すべてが同時に飛び立った。約1カ月という長い時間をかけ、2000キロ彼方のシベリアを目指す過酷な旅。この北帰行を追いかけるようにして、八代の里に本格的な春が到来する。

後編では、八代が本州唯一のナベヅルの飛来地となった経緯、黒太郎一家に訪れた厳しい現実とその後を追う。

(第14回FNSドキュメンタリー大賞『黒太郎一家の10年 ~ナベヅルと暮らす村・八代~』テレビ新広島・2005年)

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