天皇皇后両陛下は、1月1日、2022年を穏やかに迎えられました。

今年も新年祝賀の儀は、参賀に参列する人数を減らし縮小して行われ、2日に行うのが恒例となっていた新年一般参賀は中止となりました。

2020年1月2日新年一般参賀
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2021年1月1日 新年祝賀の儀

元明天皇千三百年式年祭の儀

こうした中、1月2日に行われたのは「元明天皇千三百年式年祭の儀」という宮中祭祀でした。

亡くなられた天皇は、3年、5年に続いては10年ごと、50年のあとは、100年ごとの節目で宮中三殿の「皇霊殿」と「山陵」で式年祭が行われ、今年亡くなって1300年の節目を迎えた元明天皇の式年祭が行われました。つまり、元明天皇が亡くなられて1300年の命日に、そのご事蹟を偲びお祭りが行われたということです。

式年祭が行われた奈良市にある元明天皇山陵

治世9年 元明天皇とは

1300年前に亡くなった元明天皇とはどういう方だったのでしょう。

父親は天智天皇、母親は蘇我倉山田石川麻呂の娘で、西暦661年に誕生したとされています。夫は、天武天皇と持統天皇の間に生まれた草壁皇子。二人の間には、後の文武天皇、元正天皇が生まれています。見ているだけで、歴史の教科書に載っている名前が並んできます。

707年に文武天皇が亡くなったことを受け、第43代天皇に即位します。当時は、文武天皇の息子、のちの聖武天皇がまだ7歳と言うこともあり、孫の成長を待つこととなったのです。

元明天皇の治世は9年で、715年、元正天皇に後を譲り退位しています。この治世は、律令国家の成立期に当たり、大きな事業が完成を見た時代でした。

一つ目は、平城京への遷都です。文武天皇の時代から計画が進められ、710年に藤原京から遷都が実現したのです。

奈良県 平城京朱雀門

二つ目は、本格的な貨幣、「和同開珎」の発行です。貨幣の流通を本格させることで、通商の奨励策としたのです。貨幣などの蓄財に合わせ位階を与える「蓄銭叙位令」も発しています。

和同開珎

三つ目は、「古事記」の完成です。もともとは、天武天皇が歴代の天皇のご事蹟などをまとめようとしていましたが、編纂途中で文武天皇が亡くなり、中断していたものを完成まで至らせました。「風土記」の編纂にも積極的に取り組まれています。そして、太陽暦の712年1月2日、61歳で亡くなったとされています。

ご事蹟を学び歴代天皇を偲ぶ

天皇皇后両陛下は、こうしたご事蹟について宮内庁書陵部がまとめた資料を読んだり、12月17日には、専門家の愛知県立大学の丸山裕美子教授からお話を聞かれています。さらに、12月23日には、秋篠宮ご夫妻も元明天皇のご事蹟について、教授から話を聞かれたということです。

1月2日午前、天皇陛下は宮中三殿の「皇霊殿」へと入り拝礼され、続いて秋篠宮さまも皇霊殿で拝礼されました。葬られた奈良市奈良坂町にある元明天皇山陵で行われたお祭りには、寬仁親王妃信子さまが参列されています。

1300年前の祖先を敬い、そのご事蹟を知ることで歴代天皇を偲ぶ。このように歴史と伝統を守り続けることは、皇室の皆さまにとって大切なお仕事の一つなのです。

歴史と伝統は次の世代へ

1月1日に行われた「新年祝賀の儀」には、初めて両陛下の長女・愛子さまが出席されています。

初めてのご公務と言うこともあったのか、少し緊張気味でしたが、終始、笑顔を見せられていました。

こうした伝統行事は、次の時代へと引き継がれています。

【執筆:フジテレビ 解説委員 橋本寿史】