選択的であれ、結果的であれ、いつか“おひとりさま”になる私たち。
3世代同居で“雑魚寝合宿生活”のような、人にまみれた日々を送っていた私には、まだピンとこないこともたくさんある。

そんな生活も一変、家族を取り巻く事情も変わって最近別世帯の暮らしになり、子どもたちがそれぞれ自分の用事で出かけると、家の中がとてつもない静寂に包まれる。
誰にも何にも気兼ねない、自分の予定を立てるのに誰への配慮も不要な日々がまた近い将来やってくるのだ。

30代半ばまで自分自身を最優先してきたが、それ以降40代は仕事も家も、自分のことは最後。だいぶ忘れてしまったおひとりさま時間を、どうせなら楽しく味わいたい。
後編はおひとりさまを楽しむ極意を…と言いたいところだが、極意なんて生ぬるいものはなく、上野先生の透徹した人生観が語られる。

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歳(とし)を取ることは取らないことよりマシ

佐々木:
先生ご自身は、歳を重ねていくことをどうお感じになっていらっしゃいますか?

上野氏:
歳を重ねると、自分の愚かさがよくわかるようになります(笑)。恥と後悔がいっぱいあります。取り返しのつかないことばかり。自分が昔愚かだったことがわかる程度にはいくらか賢くなりましたから、歳を取ることは取らないことよりマシだと思います。自分自身にとっても生きやすくなりましたし、色んなことを許せるようになりました。歳を取ったからって頭が固くなるとは思いませんし、若い人のほうが無知な分、頭が固いとも思っています(笑)。

佐々木:
一生涯、何か誰かのためにお役に立たねばならないという呪縛を感じますが、そのあたりはいかがでしょう?

上野氏:
「自己決定・自己責任」が強い社会ですから、役に立たない人は生きていく価値がない、って価値観が支配的です。でも、誰かの役に立たなきゃ生きてちゃいけませんか?年寄りは何十年も働いて税金を払い、年金も保険料も払ってきましたから、今、年金や介護を受け取る権利があります。歳をとれば、人間衰えていくのは当たり前のことです。

上野氏:
呼吸をしている間は呼吸してたらいいじゃないですか。食べられる間は食べていればいいじゃないですか。要介護になっても生きられる社会を私たちは作ってきたんです。それを誇りに思えばいいと、私は考えています。ご高齢の方にとっては、今日うんちがでた、おしっこがちゃんと出たというひとつひとつが大仕事で、生きることの意味なんです。
赤ん坊を育てているとき、おっぱいをたくさん飲んでくれた、きれいなうんこが出た、ってひとつひとつが大事でしょう。子どもの出来がよかろうが悪かろうが、育ってほしい、生きていてほしいと願ったでしょう。歳をとっても、それと同じです。

過去への執着は“ウザい”だけ

佐々木:
上野先生の中では、何を成し遂げたかどうか、そういう執着のようなものはおありではないのですか?

上野氏:
そんなもの、全部過去でしょう。過去の業績をいちいち言う年寄りに会ったらウザいだけですね(笑)。「僕は過去にね〜」「元〇〇で〜」なんてね。
50代か60代で死ねたら、人生のピークで死ねるのかもしれませんね。でもその後が長い。執着もだんだん消えていきます。100歳まで生きたら過去にその人が何やってたかなんてほとんどの人は忘れます。いろんな方の訃報を聞いても「あら、この人まだ生きてたの」みたいなもんでしょう。超高齢社会ってそういうものです。下り坂になってから、もうワンラウンド、30年くらいありますからね。

佐々木:
そうなると、仕事を辞めた後にどんな人間関係があるかが大切になってくる気がします。おひとりさまを生きるうえで、人とのつながりや心の支えの必要性についてはいかがでしょう?

上野氏:
心って、誰かに支えてもらわなきゃいけないもんですか?
寂しいって欲求があったら、自分でちゃんと種をまいて人間関係を作ればいいんですよ。その努力もしないで寂しいというのはよくわからない。別にそうしないですんできた人はそうしないですんできたんだから、それでよかったねってだけの話です。お友達がいないっていう人に会うと、よかったね、長い間お友達いなくてもすんできた実績があるんだから、って思いますよ。
いま家族がいても、いずれ家族は去って行きます。家族持ちから家族を引き算すればゼロになる…家族以外の人間関係を作ってこなかった人を見ると、無防備だなあって思います。

上野氏:
それに、おひとりさまの独居が孤立したタコツボみたいなもんだというイメージは完全に間違いです。今は電話があり、オンラインがあり、メールがあります。個室はデッドエンドじゃなくて、外につながるステーションみたいなもの。1通もメールが来ない日には世界から見捨てられた気がする、と言った人がいましたけれど、そんなにメールが欲しければ自分からどんどん発信すればいいんです。
つながりたければ、つながる手段は山ほどあります。つながりたい相手とつながりたくない相手を選べばいいわけだし、つながりたい時とそうじゃない時を区別すればいい。ただ、それだけです。

「あなたはどうしたい?」自問し続けること

オンライン越しのインタビュー中、「楽しみや自分の居場所は人に見つけてもらうものではない」と語る上野先生に、先生ご自身の生きる楽しみを伺ったらシンプルに返ってきた。
「読むことと書くこと。そして何歳になっても新しいことに取り組むのは楽しい」と。

おひとりさまでいることは、結局「あなたはどうしたいですか?」という問いを自分自身に立て続けることなのだと思う。社会の固定観念や人にどう見られるか、どうあるべきかに縛られる必要もなく、自由に選択していいし、人が何を選択しているからといって、とやかくいう筋合いもない。

そして、「あなたはどうしたい?」という判断力が衰えていったとしても、生かされ、生きていること自体に意味がある。

人生の先達の声は、後になって腹落ちすることが多い。その時は言葉として受け止めていることが、経験を通して自分の一部になっていく。

「おひとりさまですが、何か?」

自分自身がそうなっても、もっと手前で自分の親がそうなっても、安心してそれを言える社会をどう作っていくか。

さほど強くない私にとっては、名刺がなくなっても、未だ数分ごとに「ママ〜」と呼ばれる子どもが離れていっても、「ちょっと聞いて」が言い合える人間関係だけは温めていたいと思っている。

【インタビュー+執筆:佐々木恭子(フジテレビアナウンサー )】

©︎文藝春秋

上野千鶴子(うえの・ちづこ)氏
社会学者・東京大学名誉教授
認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長
京都大学大学院社会学博士課程修了。平安女学院短期大学助教授、シカゴ大学人類学部客員研究員、京都精華大学助教授、国際日本文化研究センター客員助教授、ボン大学客員教授、コロンビア大学客員教授、メキシコ大学院大学客員教授等を経る。1993年東京大学文学部助教授(社会学)、1995年から2011年3月まで東京大学大学院人文社会系研究科教授。2012年度から2016年度まで立命館大学特別招聘教授。2011年4月から認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。
専門は女性学、ジェンダー研究。この分野のパイオニアであり、指導的な理論家のひとり。高齢者の介護とケアも研究テーマとしている。

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佐々木恭子
佐々木恭子


1972年兵庫県生まれ。96年東京大学教養学部卒業後、フジテレビ入社。アナウンサーとして、『とくダネ!』『報道PRIMEサンデー』を担当し、現在は『Live News It!(月~水:情報キャスター』『ワイドナショー』など。2005年~2008年、FNSチャリティキャンペーンではスマトラ津波被害、世界の貧困国における子どもたちのHIV/AIDS事情を取材。趣味はランニング。フルマラソンにチャレンジするのが目標。

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