「聞く力」で永田町に新風
青色のメモ帳を片手に「聞く力」をアピールして自民党総裁選に出馬表明した岸田文雄氏。当初は、菅義偉首相(当時)との一騎打ちになると見られていた総裁選の構図は、菅氏の突然の不出馬表明で一変、その後、国民的な人気をバックに出馬した河野太郎氏や、安倍元首相と保守派の支持を得て出馬した高市早苗氏、さらに女性・子ども政策などに力点を置く野田聖子氏も立候補して4人の戦いとなったが、最終的には一回目の投票から議員票、地方票合わせた総得票数で1位となった岸田氏が最終的に勝利し、第100代内閣総理大臣に就任した。

「一緒に飲んでいてもつまらない男」「前回の総裁選で岸田はもう終わった」などと散々な言われ方をされていた岸田氏だが、いざ政権をとってみると、「決断が早い」「意外に頑固でブレない」などの評価が永田町界隈に広がり始めている。

(12月18・19日の両日、全国の18歳以上の男女を対象に実施されたFNN世論調査)
意外にも「決断」早く、人事は“冷淡”?
総裁選では富裕層への課税強化と富の分配を念頭に「金融所得課税強化」を主張していたものの、株価が急落すると一転、「当面は考えていない」とフジテレビ「日曜報道THE PRIME」出演時に明言。首相就任後初めての一問一答の論戦となった臨時国会の予算委員会でも焦点の「18歳未満への10万円相当給付」について、「現金+クーポン」が前提との姿勢に世論や野党の批判が集まっているとみるや、あっというまに修正して、「年内に現金一括給付も選択肢」と答弁、変わり身の早さを見せつけた。
普通、こうした政治家の変節ぶりは否定的に取り上げられ、支持率低下につながるのだが、岸田首相の場合は逆で、「聞く力を発揮して、よくぞ転換してくれた」と肯定的に受け止める向きが多いようだ。

人事面でも政権発足時には第二派閥“麻生派”で真っ先に岸田支持を打ち出した甘利明氏を幹事長に起用。組閣にあたっては甘利人事ではとの指摘も出るほど重用したかと思えば、小選挙区での甘利氏の敗北を受けて、あっさり幹事長を茂木氏に切り替えた。
比例復活もならず、バッジを外すこととなった盟友・石原伸晃氏についても、落選後、急遽、内閣官房参与に起用したかと思いきや、「落選議員の失業対策では」との批判が出たことや、石原氏の政党支部が、コロナ禍で困っている事業者などを対象にした国の助成金を受け取っていたことが発覚しネットなどで炎上すると、こちらもあっさり事実上の更迭をするという、“冷淡さ”も見せた。
こうした政策面での「融通無碍ぶり」、人事面での執着のなさが、ある意味、もともと「無色で軸がない」と言われていた岸田氏だけに、かえって「柔軟な人物」という肯定的なイメージにつながっているともいえるだろう。
2022年の岸田政権は・・・
では、その岸田首相は2022年にも「聞く力」を武器に、高い支持率を維持し、夏の参議院選挙を乗り切ることができるのか。「政界は一寸先は闇」と言われるとおり、それほど簡単に物事が進むとは言い切れない側面もある。
総選挙で躍進した保守・中道勢力の維新や国民民主党などは、「文書通信交通滞在費(文通費)」の問題で、使途公開や残額の国庫返納を含む改革を求め、「日割り支給」先行の改正案で乗り切ろうとした与党側などとの折り合いがつかず、結論は持ち越しへ。こうした参院選を見据えた各党のパフォーマンスに対して、現実路線をとらざるをえない岸田首相が、政府・与党の立場でどこまで独自色を出せるかはまだ未知数だ。
外交に目を向けると、時に“中国寄りでは”との指摘を受けることもある林芳正氏を外相に起用したことで、今後の政権の対中国外交への見方も自然と厳しいものになることが予想される。

自民党の党内情勢も見ても、副総裁に麻生太郎氏、幹事長に茂木敏充氏を据えたことで、事実上、総裁の岸田氏も入れて、党のトップ3人がそれぞれ第二、第三、第五派閥の領袖という構図となり、安倍元首相率いる最大派閥“安倍派”の総数を超えることから、安倍派内には「岸田さんは安倍派外しを画策しているのでは」との警戒感も出始めている。派閥政治の復活がささやかれる中、安倍派との派閥のバランスも、党内の安定にとって岸田首相が難しい舵取りを迫られる要素となってくるだろう。

岸田首相は「シン・キシダ」になれるのか?
今後、岸田政権は「長期安定政権」となるのか、あるいは「短命政権」で終わってしまうのか。永田町界隈の関係者らは異口同音に「カギは夏の参院選を乗り切れるかどうかだ」と語る。かつて自民党政権では、橋本龍太郎政権、第一次安倍政権など、安定政権と見られていた政権が、参院選でつまずき、退陣に追い込まれたケースは数多く見られた。
その一番の要因は、参院選で与党側が敗北した場合、衆参の「ねじれ」が生じることとなり、以後、政権が通そうとする法律はなかなか通らなくなり、新しい政策も打ち出せなくなるからだと言われる。岸田首相はそうした過去の歴史から学ぶことで、参院選を乗り切り、長期政権への布石を敷くことができるのか。その点で重要なのは、岸田首相本人が、これまでの「融通無碍」だけではなく、本気でこれだけはやり抜きたいという“太い軸”を持てるかどうかにかかっている。
ある政府関係者は岸田政権の“予想外の安定ぶり”についてこのように私に話してくれた。「最近、“疑似政権交代”が本当に起きたことを実感することが多い。今の岸田政権は同じ自公政権といっても従来の政権とは全く別の政権で、むしろ、政権幹部からは『それじゃあ安倍・菅政権と同じじゃないか!』と書類を突き返されることが多い」と。
本当に、岸田政権が、従来の政権とは違う独自の別の道をたどり、新境地を開こうとしているのであれば、外交政策・内政政策ともに、この国をどのような国に作り替えようとしているのか、という大きな「ビジョン」が必要とされていることは明らかで、それを打ち立てることができれば、「無色」と言われてきた岸田首相が「シン・キシダ」として生まれ変わることができるのかもしれない。まさにそこが問われるのが、2022年の政治だといえるだろう。
【執筆:フジテレビ 政治部長 松山俊行】