「経産省が教育をやるらしいよ」
数年前にそんな話を聞いたとき、「また経産省が他省庁の縄張り荒らしている。どうせ数年で撤退かな」と筆者は思った。しかしその後経産省は「未来の教室」事業を展開し、いまや教育DXの中心となって走っている。その最前線に立つ教育産業室長として異例の4年目に突入している浅野大介氏に「なぜ経産省が教育なのか?」を取材した。(聞き手:フジテレビ解説委員 鈴木款)

経産省は霞が関のBチームであるべき
――「なぜ経産省が教育分野に」とよく聞かれませんか?
浅野氏:
経済産業省は主に経済の構造改革や成長サイクルづくりを考える役所です。しかし社会に付加価値を生むのは結局“人材”ですよね。ついつい“子どもの教育=文科省の専管”と思いがちですが、一つの省庁だけで政策をやると必ず限界がくるものです。自分で作ってきた過去の政策を自分の力だけでひっくり返すのはかなり難しいものです。だから経産省も“参戦”する意義はあったと思います。
――経産省は霞ヶ関の縦割りにとらわれず、自由に政策立案する“Bチーム”的なところがありますよね。
浅野氏:
そうあるべきだと思っています。役所の所掌事務はすべて設置法に基づく完璧なタテ割りで、それは合理的ですが、放置すると単なる独占にもなりかねない。組織文化の異なる複数の役所が、多様な論をぶつけ合う空間を作らないと、日本の教育政策はこれ以上良いものを作れなくなると思います。そこで“プランB”を提案するのがうちの役目だと思います。
実は経産省は学習塾やEdTech(エドテック)などの教育産業を広く所管しています。ですから文科省とはまた違う“イノベーター視点”“学習者視点”で教育に関われるし、文科省内にもいる改革勢力と深く議論することで政策にダイナミズムが生まれると思いますね。
文科省が「今回は4年も続いているぞ」と
――教育産業室が作られたのは2017年ですね。当時は文科省から抵抗がありましたか?
浅野氏:
それは一切無かったですね。もともと教育産業を所管していて、そこに“室”の看板つけただけですし。経産省は「他省庁分野で新しい政策をアドバルーンのようにあげて、すぐどこかにいなくなる」とよく言われていて、文科省も「どうせ一瞬の打ち上げ花火だから」と思っていたかもしれませんね。そうしたら「今回は4年も続いているぞ」と(笑)。
――そもそも浅野さんはなぜ教育に関心を持ったのですか?
浅野氏:
私は経産省ではエネルギー畑が長いのですが、学生時代は物理も化学も一切興味がありませんでした。しかしエネルギーという社会課題を考える場合、その背景の理科が一応わかってないと話にならないんです。そこで私は恥ずかしながら30代の課長補佐時代に高校の教科書を勉強しました。たとえば石油業界の過剰供給問題という社会課題を事業再編で解決するには、裏にある理科的な原理原則は必要で。具体的な仕事の成果を意識しながら学びに向かうと、あれほど興味のなかった話でもすごく面白くなることがわかったんです。
「社会に出て何か役に立つの?」を変える
――学校教育では学びが仕事や社会に結びつかないから、子ども達は「これ、社会に出て何か役に立つの?」となってしまいますよね。
浅野氏:
私も普通科の出身ですけど、大学進学というモチベーション以外には、何のために学んでいるのかさっぱりわからないままでした。就職してからエネルギーという社会課題に向き合う中でようやく高校の理科の楽しさもわかりましたが、当時はただの無味乾燥な数式や記号の羅列にしか見えませんでした。いまの中高生達にも、きっと同じことが生じているはずなので、その“シゴトと学び”“創ると知る”のサイクルを正常化させてあげたいんです。
――浅野さんの著書にはこんなピラミッドの図がありますね。

浅野氏:
この図のピラミッドを教育関係者が見ると、「学びとシゴトが逆だ。勉強してから就職するんだし」と言います。しかしシゴトというのは決して就職することではなくて、夢中になってハマることであってほしいし、学びは自分なりの良いシゴトをするためのものだと意識し直した方がいい気がしています。教養や趣味や雑学の類はまた別ですが。

選び放題、組み合わせ自在が“教育DX”
――その出口がない学びというのを変えるのが“教育DX”だと。
浅野氏:
DXは誰もがそれぞれ満足できる学習環境を作る上でも、ホンモノの課題から始まる学習環境を実現する上でもカギだと思います。万人を満足させられるセットメニューなどあり得ないのに、セットメニューをひたすら提供してきたのがいまの画一的で一律的な学校の姿です。教育基本法にも、義務教育は「自律と共生のスキルの獲得がゴール」だと書いてあります。しかしそのためには、人それぞれメニュー選択が保証されないと無理な話です。選び放題、組み合わせ自在の学習環境は、デジタル空間を使えなければ成立し得ないです。そこでは教材も道具も指導者も、対面もオンラインも、オンデマンドもリアルタイムも組み合わせ自在になるわけです。DXがもたらす最大の効果ですね。
――画一的な学校という空間では、受け入れられない子ども達もたくさんいますね。
浅野氏:
一律ペース、一斉講義で学ぶ、非常に画一化された学校がこれからも続くのであれば、必ずそこに馴染めない子ども達が生まれ続け、一度ついた学力格差を縮めることも難しいでしょう。また、学校も、プログラミングでもなんでもいいので「自分の好きなことにひたすらハマって、その中で学習指導要領の求める資質・能力はおおむね身に付けられる」というサードプレイス的な場に変わればいいですよね。そういうのを“カリキュラム・マネジメント”と呼ぶのだと思いますし、制度的にも十分可能なわけですから。オンラインもオフラインもあって自由自在、そして何より、自分とっての心理的に安全な居場所が必要ですね。

子ども1人1人が「しっくりきた!」を実現
――「未来の教室」では学習環境も子ども達が選べるわけですか?
浅野氏:
例えば高校受験や中学受験の入試問題を見ても、30年以上前の私たちも「その後の人生で一度でも役に立ったか?」という知識も無数に暗記しましたが、今も大して変わらず、です。
そろそろ試験問題を作る学校側に“捨てる勇気”を持ってもらい、探究的に考えさせる出題に転換して欲しいですが、そのせいで、いまの学校はやはり記憶力ベースの受験に向けたお勉強を大事にせざるを得ません。ただ、その中でも改善できることはたくさんある。
――いま学校では、教科書の単元を年間の指導計画通りに全部やろうとしていますね。
浅野氏:
当然ながら、置いていかれる子どもも、もっと先に行きたい退屈な子どももでてきます。エドテックを活用した自由進度学習に切り替えると、意外といい環境が作れると思いますよ。私達の「未来の教室」では自由進度学習の空間をエドテックでつくれることを実証してきました。子どもたちがコンピュータの力を借りながら自律的・主体的にペースを作ることで、最終的に子ども1人1人が「しっくりきた!」と感じられる、個別最適な学習環境ができるのだと思っています。
――なるほど。テクノロジーを利用して誰一人取り残さない教育を実現するのが「未来の教室」なのですね。ありがとうございました。
【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】