「教員の時間外労働に残業代が支払われていないのは違法」だと、埼玉県内の市立小学校の男性教員(62)が県に未払い賃金の支払いを求める訴訟を起こした「埼玉県教員超勤訴訟」。さいたま地裁は10月1日、請求を棄却した一方で「教育現場の勤務環境の改善が図られることを切に望む」と異例の付言をした。

この裁判を今後文科省はどう受け止めたのか。

「教師に残業代がないことを知って欲しい」

原告の田中まさお(仮名)さん(62)は1981年に大学卒業後小学校の教員となり、以来40年間勤務している。田中さんが訴訟を起こしたのは3年前の2018年9月だ。今年6月に取材した田中さんは訴訟を起こした理由についてこう語っていた。

文科省で会見をした田中まさお(仮名)さん
文科省で会見をした田中まさお(仮名)さん
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「訴訟の理由は教師に残業代が支払われていないことを、世の中の人に知って欲しかったからです。なぜ残業が増えるかというと、ただで働かせることができるからです。今回の訴訟で残業代が支給されれば、これ以上残業が増えることの歯止めになると思います」

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法律が成立した当時残業は月8時間

教員の給与に関しては1971年に制定された給特法=「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」で定められている。給特法では教員の勤務の“特殊性”を踏まえて、教員に残業手当を支給しない代わりに給料の4%を「教職調整額」として加算すると定めた。

しかし法律が成立した当時の平均残業時間は月8時間程度。4%の加算は公務員として優遇されているともいえた。しかし現在多くの教員が過労死ラインまで働いており、この法律はいまや実情を反映しなくなっている。

「現場の教員は無賃残業が明日も続く」

今回の原告側の主張は大きく2点。1つめは「教員が時間外に校内で長時間勤務を行っていることは、給特法以前の問題として労働基準法(以下労基法)32条(※)に違反しており、労基法37条に基づいて割増賃金を支払うべきだとした。

また、仮に37条が適用されなくても、法定労働時間を超えて労働を強いられたことは国家賠償法による損害賠償請求が認められると主張した。

(※)1日8時間を超えて労働させてはならないことなどを定めている

しかし判決ではこの2点についていずれも棄却され、判決後の会見で田中さんは「現場の教員として全く評価していない」と怒りをあらわにした。

「現場の教員にとっては、3時間も超えるような無賃残業が明日も続くのです。働き方改革で教員の残業が減ったと聞きますか。コロナ対応やタブレット配布、英語教育で教員の仕事はさらに増えています。即日控訴と思っています」

「判決は極めて異例で画期的な判断だ」

一方、原告側の代理人を務めた若生直樹弁護士は、「極めて画期的な判断」と評価した。

「裁判所は労基法に基づく請求は、給特法で適応されないとしました。一方で『教育現場の実情として、多くの教員が一定の時間外勤務に従事せざるを得ない状況にあり、給特法を含めた給与体系の見直しなどを早急に進め、勤務環境の改善が図られることを切に望む』と付言したことは極めて異例で、画期的な判断です」

判決について若生弁護士(右)は「画期的な判断」と語った
判決について若生弁護士(右)は「画期的な判断」と語った

この判決について萩生田光一前文科相は、最後となった4日の閣議後会見でこう語った。

「教員の皆さんの働き方、多忙さについて改善の必要があると裁判所がおっしゃったことは重く受け止めています。来年度勤務実態調査をしますので、これから教員の皆さんが生き生きと仕事をして頂ける労働環境や報酬のあり方を検討して頂くよう(次の文科相に)引き継ぎしたいと思います」

萩生田前文科相は「重く受け止めている」と語った
萩生田前文科相は「重く受け止めている」と語った

文科は小学校高学年の教科担任制推進

では今後文科省は教員の残業を軽減するためどうするのか。文科省関係者はこう語る。

「訴訟そのものについては、当事者間での対応になるかと思います。その上で申し上げるとすれば、学校の働き方改革の一環として2019年に業務量の上限指針を定めた給特法の改正を行いました。さらに2022年に実施予定の勤務実態調査で教員の勤務実態を細かく把握して、給特法など法制的な枠組みを検討していくスタンスです」

これまで文科省では、小学校35人学級の実現など教職員定数の改善やいわゆるスクールサポートスタッフの充実、部活動改革、教員免許更新制の見直しなど、教師の負担を軽減するため取り組んできた。来年度の概算要求では、小学校高学年での教科担任制を推進するための教職員定数の改善やスクールサポートスタッフのさらなる拡充も盛り込んだ。

「日本は世界でトップレベルを目指す国か」

田中さんはこう語る。

「労基法を守れない今の日本を、僕は不満で仕方ありません。これが世界でトップレベルを目指そうという国でしょうか」

いま日本の学校教育制度は教員の大きな負担の上でかろうじて成り立っている。学校が働きやすい場になることは教員の活力となり、それは子ども達の学びの環境改善にもつながる。子ども達のよりよい学びを目指すのなら、教員の働き方改革は一丁目一番地だ。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。