沖縄県うるま市にある、県立中部農林高校の定時制に通う吉田圭汰さん。小学校から中学校まで不登校になったこともあったが、再出発し夢に向かって進んでいる。定時制の生徒による生活体験発表で語ったのは、自分が変わるきっかけをくれた耳の聞こえない両親への思いだった。

自身の境遇や将来に悩み不登校に

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県立中部農林高校 定時制課程 農業科2年 吉田圭汰さん:
耳が聞こえないというハンディーを持ちながら赤ん坊を育てる。鳴き声も聞こえない、笑い声も聞こえない。両親はそんな日々の中で愛情をもって私たちを育ててくれました。その私が不登校になり、部屋に引きこもり続ける…。声をかけることができない分、苦しむ私以上に苦しかったことでしょう

県高等学校定時制通信制生徒生活体験発表会 総合表彰式にて

中部農林高校の吉田圭汰さんは、定時制・通信制の高校に通う生徒による生活体験発表で最優秀賞を受賞した。圭汰さんの両親は先天性の聴覚障害があり、耳はほとんど聞こえない。

県立中部農林高校 定時制課程 農業科2年 吉田圭汰さん:
なんというですか、声はアー、みたいな出すんですけど。ちゃんと耳が聞こえないので、自分の出している音とか、言葉としてはなっていないというか、周りと違うというのがあって。それがコンプレックスという言い方があっているのかわからないですけど、何でかなみたいなのは思っていました

中部農林高校は、夕方になると全日制の生徒と入れ替わるように定時制の生徒が登校してくる。今は充実した学校生活を送る圭汰さんだが、自身の境遇や将来に悩み、小学校の高学年から学校に通えなくなった。

――引きこもりは長かったんですか?

県立中部農林高校 定時制課程 農業科2年 吉田圭汰さん:
小学校5年くらいから中3くらいまでなので5年、だいぶ部屋から出ないみたいな。成績も悪いですし、学校行っていないんで出席日数とかも足りなかった

中学で再出発しようとしたが、入学して早々に病気を患い長らく入院することに。再び学校に戻った時にはクラスに馴染むことができなかった。

自分の居場所を見つけることができず思い悩んでいた圭汰さん。ある出来事が自分を変えるきっかけとなった。

「息子を助けて」両親の必死な姿に…伝えたい感謝の思い

県立中部農林高校 定時制課程 農業科2年 吉田圭汰さん:
親とのコミュニケーションをとる術である「手話」を学ぼうともせず、ゲームという仮想の世界に逃げ込んでいた私。高熱で苦しみ意識もうつろだったある日、声にならない言葉で泣きそうになりながら「どうか直してほしい」と必死に医者に訴えていた父と母の姿を目にしました。とても優しく、あったかく、そして強く必死に生きている父と母。そう気づいた時から、私の物の見方が変わり始めました(※演題「人が変わる時」より)

両親の深い愛情に気づいた圭汰さんは、一念発起して定時制高校に入学することを決意した。

県立中部農林高校 宮城薫先生:
照れ屋さんで、あまり人前に出たくないというタイプですよね。当たってる?

県立中部農林高校 定時制課程 農業科2年 吉田圭汰さん:
あたっています

先生たちのサポートを受けながら再び勉学に励む中、2020年に母親の久美子さんが脳出血で倒れた。後遺症が残る母を家族で介護する日々。人を支える仕事がしたいと将来の志を立てた。

――将来の目標は?

県立中部農林高校 定時制課程 農業科2年 吉田圭汰さん:
警察官とか、人を助けられる仕事をしたい

――夢についてお母さんと話す?

県立中部農林高校 定時制課程 農業科2年 吉田圭汰さん:
恥ずかしいからあまりしていない

定時制・通信制に関わる教員や生徒を対象にした総合表彰式で、生活体験を発表することになった圭汰さん。その手には家族4人が写った写真があった。

耳の不自由な両親に感謝を伝えるため、あることにもチャレンジした。

県立中部農林高校 定時制課程 農業科2年 吉田圭汰さん:
人は変わることができる。周りの人たちの優しさや素晴らしさを自ら感じ取ることができるようになった時、変わることができるのだと私は思います。応援してくれた方々へ感謝の気持ちを忘れず、未来に向かって邁進していきたいと思います(※演題「人が変わる時」より)

県高等学校定時制通信制生徒生活体験発表会 総合表彰式にて

これまで覚えることがなかった手話を取り入れたメッセージ。夢に向かって歩み始めた17歳の等身大の思いが込められていた。

圭汰さんは11月21日に行われた全国大会に沖縄県代表として出場し、文部科学大臣賞を受賞した。

(沖縄テレビ)