過疎と高齢化で存続が危ぶまれている、長野市中条地区日下野。山の上の方の一帯に「6区」と呼ばれる小さな集落がある。住民は、わずか23人。その全員が65歳以上の高齢者で、平均年齢は85歳だ。

この土地で10年前、今暮らしている人々の“まめったい”=「元気な」姿を後世に残したいと、写真集作りが始まった。発起人は、住民の一人である滝沢静子さん。

この世を去る人、集落を去る人…。10年間、厳しい現実に直面しながらも、滝沢さんたちは必死に前を向き、活動を進めてきた。写真集は、いわば山あいの地で肩をよせあい懸命に暮らしてきた住民の「証明写真」なのだ。

後編では、写真集が完成するまでの1年間と、このプロジェクトが描いた未来について追う。

 

【前編】“まめったい”暮らしを残す。住民23人、平均85歳の限界集落で始まったプロジェクト

 

6区に一人暮らす68歳の母と、その暮らしを案じる息子たち

2017年の大晦日。普段は静かな集落に、ひさしぶりに元気な声が響いていた。11月に亡くなった山野井よしのさんの自宅からも、子どもたちの声が聞こえてくる。

台所では、よしのさんの娘の時子さんが、「お年取り」の用意をしている。信州では、年が明けることを祝って、大晦日の晩に家族でごちそうを囲む風習があるのだ。

時子さんは、孫たちの好きなかぼちゃの天ぷらや煮物に腕を振っていた。

「ばあちゃんの作ったものがおいしいなんて、孫が言ってくれるからね。そんなこと言われると嬉しくなって元気が出ますね」

離れて暮らす長男の弘道さん、次男の明さんの両家族が帰省し、みんなでお年取り。しかし、今年はいつも団らんの輪の中心にいたよしのさんの姿がない。時子さんは仏壇に手を合わせ、「ばあちゃん、お年取りだよ。ばあちゃんありがとう」と声をかける。

年に1、2度のにぎやかな食卓。今回は、自然とよしのさんの思い出話に花が咲いた。

よしのさんが亡くなり、普段6区の家にいるのは時子さんだけになった。息子たちは、山あいの家に一人で暮らす母のことが心配だ。長男の弘道さん、次男の明さんは、ともに母のそばで暮らしたいという思いを抱いている。

「この山のなかで何かあったら、病院に行くまでに何十分もかかってしまう。それで助かる命が助からなくなっちゃうんではもったいないしね」(弘道さん)

「母ちゃんにも、慣れた生活っていうのがもちろんあるからね。早く山を降りて近くに引っ越してきてもらえれば、それに越したことはないけど、生活あっての話だから」(次男・明さん)

年齢とともに不便さを増す、山あいでの暮らし。息子たちの気持ちをありがたいと思いつつも、まだ時子さんは愛着のあるこの集落を離れるつもりはない。

「できるだけ頑張ってみて、本当に困ったら頼るよりしょうがないね」
 

「病気になっても、そのまま動けなくなってしまう…」

2018年1月。2カ月前、住み慣れた6区を去り、同じ中条地区の市街地へと引っ越した大内布士夫さんの姿があった。小正月が過ぎ、家に残った荷物の整理に来たのだ。

大内さんは81歳。集落のまとめ役として、住民から頼りにされてきた。しかしここ10年で近所の人たちが次々と去り、体も思うように動かなくなったことから、この冬山を下りようと決意した。

「隣近所が寄り合っていければいいんだけど、その見込みは全然ない。集落から人がいなくなって寂しいと言われても、一人で病気になったら、そのまま動けなくなってしまうまでだよ」

高齢化という抗えない厳しい現実。こうしてまた一軒、空き家が増えた。

2018年4月、6区の元気な姿を残す写真集の撮影最終日。写真集の発起人である滝沢静子さんたっての要望で、空き家の撮影を行うことになった。今や40軒以上にのぼる空き家は、山あいの暮らしぶりをひっそりと伝えている。

「昔、ここでお蚕さんを飼ったり、豆を作ったり麦を作ったりしてさんざん苦労したという形跡が、今でもちょっと残っていればいいなと思って」

この日、10年にわたる撮影がすべて終わった。滝沢さんのパートナーである小山奈々子さんは、感慨深げだ。

「私のおばあちゃんは亡くなってしまったから、その姿を写真に残すことはできなかったんです。でも、こうやっておばあちゃんの周りの人たちの写真から、その暮らしを知ると、おばあちゃんも写ってるような気持ちになるんですよね」
 

写真集完成間近。しかし厳しい声も

2018年7月。この日、滝沢さんが訪れたのは東京。3人で最終の編集会議だ。10年分の写真を一枚一枚チェック。この日のうちにおおむね掲載する写真を決めることにした。決めるのは編集長の滝沢さんだ。

翌月には、住民たちへの進捗報告会が開かれた。小山さんの祖父母の家に、続々と住民がやってくる。

この日は、費用についても話し合われた。議論の結果、クオリティーやサイズは変えずに住民から5000円プラス寄付金を募ることでまとまった。

住民たちに今の気持ちを問うたところ、「本当にご苦労して頂いたことがしみじみと感じられました。素晴らしい記念になると思う」と話してくれたのは、87歳の山野井袈裟男さん。

しかし、一方で88歳の山本孝男さんが厳しい意見を上げた。「物足りないとこもあるけれども、80%くらいはいいと思うね」。8割程度の出来だというのだ。
 

60年前の写真と今の写真を融合させたい

発行予定日まで1カ月半。東京にある自身のオフィスで、小山さんは写真集の構成に頭を悩ませていた。山本さんに言われた「80%くらいはいい」という一言が、胸に応えていた。

当初は、写真家の服部貴康さんと撮影してきた写真だけを並べて、美しい写真集を作ろうと考えていた。しかし、昔の暮らしをも残すような一冊に仕上げることもできるのではないかと思い始めたという。

そう考えるに至ったのには、1960年頃の6区の写真が手に入ったことも関係していた。撮影したのは、住民の一人で6年前に他界した大内一さんだ。

「今、生きている人たちの姿を残すのはもちろん、その方たちと一緒に過ごしてきた人の写真、その方たちが一番元気だった頃の写真がまとまって見られるというのが、この写真集の答えだったのかなって」

小山さんが見出した答えとは、昔の写真との融合だった。

「不思議なことに、服部さんの写真と並べると、一さんの写真も今の写真に見えてくるんですよ。一さんの写真自体が持つ力もありますし、この村の人たちの持つエネルギーが写真に写っているのかもしれない。違う次元の写真集に仕上がる気がしています」

6区の姿を後世に残すには、どうしたらいいのか――。そんな試行錯誤の結果が、いよいよ形になる。写真家の服部さんは、完成を前にこんな思いを打ち明けてくれた。

「写真自体は、大きなセレモニーではなく、単なる日常の一瞬を写したものにすぎないんです。でも、その時間こそが一番輝いている、一番大事な時間。そこに改めて気付いてくれて、素敵だなと思ってくれれば、すごくうれしいです」
 

10年かけて完成した6区の人々の証明写真

2018年12月29日、小山さんは重たい包みを抱えて、滝沢さんの家のチャイムを鳴らした。活動を始めてから10年、ついに完成した写真集を持ってやってきたのだ。

封を開け、写真集を取り出して感激する滝沢さん。

しげしげと表紙を見つめてから、ゆっくりとページをめくっていく。小さな小さな集落の10年間。山あいで肩を寄せ合い、暮らしてきた住民の証明写真だ。

さっそく、写真集を心待ちにしていた94歳の小池紀子さんを訪ねた。

この写真集の中で一番大きく顔が映っている小池さんは、自身の写真を見て、「えらいしわだが、でかく撮ってくれたな」と満面の笑み。

「80%の出来」と厳しい評価だった山本さんの家にも、写真集を届けに行く。写真集を受け取り、一言も発さず、ルーペを使ってじっくりと見ている山本さん。小山さんは、その姿を緊張の面持ちで見守っている。

「すばらしい。すばらしい写真集だね」

住民のアドバイスがあったからこそ、写真集にはあの古き良き時代の写真も載せることができた。「皆さんのおかげで」と言う山本さんに、滝沢さんと小山さんは「みんなで作った写真集だから」と応えた。

亡くなったよしのさんの家にも、報告に訪れる。2人が持ってきた写真集を手に、この集落で生きることを一人で選択した時子さんは仏壇に話しかけた。

「ばあちゃん、じいちゃん、写真集できました。いい顔してて、1年経ってもまだここにいるような感じがするよ。私、まだ毎日ばあちゃんの写真を見てるよ。ねえ、ばあちゃん、一人で頑張ってるからね」
 

写真集がつくった住民たちの絆と新たな未来

この10年で、この世を去った人もいれば、集落を去った人もいる。抗えない厳しい現実にも目を背けず、滝沢さんたちは、せめて今のまめったい姿を後世に残したいと活動してきた。

無事に発行できて、本当にホッとしたと明かす滝沢さん。

「最初は果たしてできあがるのかなと思ったりしたけど、皆さんのお力でできました」

何より感じたのは、住民たちのあいだに絆ができたこと。

「写真集を通して、皆さんの気持ちを一つにしていけたのがうれしいです。超高齢化になると、みんなが寄って話し合うこともなかなか困難になって来るんですよね。どんなふうにみんなでコミュニケーションを取るか、みんなの思ってることをどうやってまとめていくかは、ずいぶん考えました」

小山さんは、写真集づくりを通して思わぬ出会いに恵まれたと話す。

「いろんな人にお会いするうちに、『これをやってほしい』『あれをやったらいいんじゃないか』『実はあれをやろうと思ってるから一緒にやろうよ』なんて声をかけてくださる人と出会うんですよ」

以前は、10年、20年経ったら6区がなくなってしまうと思っていた。しかし、6区のために何かしたいと思っている人たちに出会ううち、考えが変わってきた。

「もしかしたら6区は小さくでも残るのかもしれないなっていうのが、今の思いです」

活動に賛同し、協力を申し出てくれた一人に、大内誠さんがいる。およそ60年前の集落の写真を撮影していた大内一さんの長男だ。

一さんが半世紀以上も前に撮影した写真は、実に1000枚を超える。自宅に作った暗室で焼いたプリントが、いまでも残っている。なかには、かつての滝沢さんの姿も。

かつての山あいの暮らしを世に発信したい――。その思いから、新たなプロジェクトが立ち上がろうとしている。今回の試行錯誤が、次なる挑戦につながったのだ。

今回の写真集作りの際、小山さんは一さんの写真もうまくまとめようと考えていた。しかし、膨大な数の写真をまとめることは難しかった。

「だから今度は、一さんの60年前の写真を使って、当時の文化を表現した本を作りたいなって。来年1年間は、それに励んでみたいなと思っています」

まめったい暮らしを後世に残したい。その活動は、まだ序章にすぎないのだ。

 

【前編】“まめったい”暮らしを残す。住民23人、平均85歳の限界集落で始まったプロジェクト