過疎と高齢化で存続が危ぶまれている、長野市中条地区日下野。山の上の方の一帯に「6区」と呼ばれる小さな集落がある。住民はわずか23人。その全員が65歳以上の高齢者で、平均年齢は85歳だ。

この土地で10年前、今暮らしている人々の“まめったい”=「元気な」姿を後世に残したいと、写真集作りが始まった。発起人は、住民の一人である滝沢静子さん。

この世を去る人、集落を去る人…。10年間、厳しい現実に直面しながらも、滝沢さんたちは必死に前を向き、活動を進めてきた。写真集は、いわば山あいの地で肩をよせあい懸命に暮らしてきた住民の「証明写真」なのだ。

前編では、写真集完成直前の1年あまりを追う。この小さな集落で、写真集作りという取り組みはどんな意味を持ってきたのだろうか。

 

【後編】10年かけて完成した“まめったい”暮らしの写真集がつくった、限界集落の住民の絆と未来

 

住民23人、平均年齢85歳の限界集落「6区」

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電動カートに乗って畑に向かう93歳の小池紀子さん。

「腰は曲がってるけど、元気。一人暮らしだけど、自分一人のことは何でもできます」

そう話す小池さんは、今も農業に勤しみ、かぼちゃの種を売って家計の足しにしている。

長野県長野市中条地区日下野は、中心市街地からおよそ18km離れた小さな集落だ。小池さんたちが暮らす山の上の方の一帯は第6自治会に区分され、「6区」の通称で呼ばれている。

今から50年前、200人以上が暮らしていた6区は、子どもたちの元気な声が響き渡る活気ある集落だった。しかし今、中条の中でも特に過疎化、高齢化が深刻な地域だ。

現在、住民は23人。しかも全員が65歳以上で、平均年齢は85歳。存続が危ぶまれる集落へと一変してしまった。
 

「まめったい6区を残したい」と写真集作りを企画

滝沢静子さんは、6区に住む80歳。6区で生まれ育ち、結婚後は3人の子宝に恵まれた。夫を33年前に亡くして以来、一人暮らし。農業の傍ら民生委員を務めるなどしながら、集落を見守ってきた。

「もうしばらくしたら、ここも消えてしまうでしょう。本当に寂しくなります。ただ、高齢化はしてるけれども、“まめったい”地域だと思うんだよね。まだまだやれることはあると思う」

まめったいとは、この地域の方言で「元気な」という意味。現在の元気な6区の姿を後世に残したい。その思いから滝沢さんが考案したのは、写真集作りだった。

6区の人々がどんな暮らしをしていたかを写真に残そうと考えたのだ。

小山奈々子さんは、43歳のデザイナー。長野市出身で、今は東京で広告デザインなどに携わる仕事をしている。滝沢さんの写真集作りのパートナーだ。

小山さんにとって、6区は祖父母が暮らしていた思い出の地。子どものころ、よく遊びに来ていたという。

「夏休みはここに遊びに来て、いろんな植物や虫とふれあったり、おばあちゃんの家で宿題をしたりするのが習慣になっていたんです。子どものときはすごく楽しみで」

2008年、久しぶりに6区を訪れたとき、祖母と仲の良かった滝沢さんから、写真集の構想を打ち明けられた。小山さんは、「私もここが大好きだから」と二つ返事で引き受けた。

「小さい頃に楽しませてくれたこの場所に、恩返しは無理でも、せめて寄り添って見守ることぐらいならできるかなと思って」

そう話す小山さんは東京に帰るとすぐにプロの写真家に頼み、さっそく写真集作りをスタート。約10年で、住民の日常を切り取った写真は3000枚以上になった。

亡くなる前の祖母に、小山さんは撮影し始めた頃の写真を見せたことがある。祖母は、その顔に笑みを浮かべたという。小山さんは、振り返る。

「やっぱり6区が好きだったんですよね。ずっと声を出していなかったんですが、『う~』って声も出して。最後の力を振り絞って『よろしく』って言ってくれた気がするんです」
 

「便利なところに住む人より元気で、力一杯生きている」

2019年7月、滝沢さんと小山さんが2人揃って取材活動をしていた。まず訪ねたのは、90歳の山口米江さん。

「6区のみんなって元気だよね」と小山さんが声をかけると、「そうだよね。毎日楽しいよ」と返す山口さん。「何してるときが?」との問いに「草取りしたり、いろいろできることやって」と笑う。

写真集にコメントを載せるため、今の暮らしぶりや若い頃の話を詳しく聞く。時に3時間を超えることもあったが、小山さんは「いつも、話を聞いているこっちが元気をもらってしまいますね」と前向きだ。

次に訪ねたのは6区のエンターティナー、88歳の山本孝男さん。手品が得意な山本さんは、この日もいくつか技を披露してくれた。

「手品は、頭だけじゃなくて手も使うからね。楽しみも倍増するし、元気の源だと思ってる」

小山さんが東京から取材に来られるのは、年に3、4回。滝沢さんの案内で一軒一軒回り、これまでに40軒以上を訪問した。小山さんは、6区の人たちの生命力に驚いている。

「便利な場所にいる人たちよりも元気で、自然とともに今あるものだけで最大限、力一杯生きているんですよね。こうして現役でやってらっしゃる方がいるということで、写真集を見た人たちも勇気もらえるんじゃないかな」

写真集の活動を始めて約10年。あと5人で、6区の住民すべてが写真に収まるところまでこぎつけた。

2017年8月、2人はこれまでの取り組みを知ってもらおうと、中条で開かれた中山間地域の今後を考える「地域まめったいサミット」で、写真の一部を展示。写真を見た参加者は、「人生の深さを感じますよね。あったかみもあるし、とても良い表情でいらっしゃるなと思って」と感心していた。

写真に写っていたのは、颯爽と電動カートを乗りこなしていた小池紀子さん。小池さんも、写真集を心待ちにしている一人だ。
 

杉の巨木に登れなくなっても、しめ縄は編める

2017年11月、6区のお年寄りたちが、新年を迎える準備に精を出していた。

住民は代々、この地のシンボルである「日下野の杉」にしめ縄を飾り、集落の繁栄を願ってきた。幹周りは11m以上という巨木で、県の天然記念物である。

両手に杖を持ち、ゆっくりした歩調でやってきたのは、86歳の山野井袈裟男さん。しめ縄を飾る様子を見ながら、「昔はみんな、楽にできたし、もっと太いやつを飾れたんだけどね」と回顧する。

実は、このしめ縄は今回、山野井さんが作ったもの。「私が一人で作ったんだよ。大丈夫、やればできるもんだね」と、誇らしげな表情だ。

この日の取材には、写真家も同行していた。撮影を担当しているのは、小山さんの友人で写真家の服部貴康さん。ドキュメンタリー写真などを手がけてきた47歳だ。

撮影を重ねていく中、服部さんはファインダー越しにある美しさを見出した。

「すごくみんな元気だし、キラキラしていて魅力があるなと思って撮っています。孤独で頑張ってる老人たちみたいな感じで見られちゃうかもしれないけど、そうじゃないんですよね。淡々と暮らしている人たちの、ある種の凛とした美しさがある」

デジタルカメラが主流の今、服部さんはあえてフィルムで撮影を続けてきた。

「フィルムで撮って、紙にプリントするのって、すごく野暮ったいんですけど、物に置き換えて行くことによって、写真が必ず残っていくんですよ。だから、フィルムで撮って、自分でプリントを作りたいなと思っている」
 

撮影開始から8人が他界。高齢化という厳しい現実

撮影はあと1回で終了。活動が大詰めを迎える中、3人は厳しい現実に直面した。6区の最高齢、山野井よしのさんが102歳で亡くなったのだ。

「寂しいですね。やっぱり元気でいてもらいたい。でも、どうしようもないのかなと思う」

しんみりと本音を漏らす滝沢さん。実は亡くなる8日前、滝沢さんはよしのさんの様子を見に行ったばかりだった。

この地で、3人の子供を育て上げたよしのさん。縫い物が得意で、婦人部のリーダーも務めた。生前、長生きの秘訣をこう話していた。

「好きわがまま。やりたいことをやること」

99歳でよしのさんの写真を撮影した際は、3年前に亡くなった夫の美貞さん(当時99歳)も一緒だった。写真集の完成は間に合わなかったが、滝沢さんたち3人は当時の写真を68歳になる娘の時子さんへ届けることにした。

額装された両親の写真を受け取り、「いい顔。二人でそろってね。ありがとうございます。おばあちゃんもじいちゃんも喜んでます」と時子さん。

撮影を始めてから、他界したのは8人。厳しい現実に向き合ってきた3人は、それだけに写真集の重みを実感している。

「そこにいる人の生きた姿を撮りたくて撮ってるんですが、それが結果的に生きていた最後の姿になっちゃったりもする。それが、中条などの限界集落と呼ばれるところを写真で記録していくときに直面する現実なんだと、まざまざと思い知らされています」(服部さん)

ただ小山さんは、記録することが希望に変わるという一面も知っている。

「確かに生きていたっていう証が残ることが、周りの人を元気にするというのは感じているんです。ご本人はできあがった写真を見られなかったとしても、その人の思いは写真として残って、周りに伝わり続けることはできるのかなって」

最後の撮影を終え、これから編集作業が本格化する。1年後の発行を目指すのだ。

後編では、写真集が完成するまでの1年間と、このプロジェクトが描いた新しい未来について追う。

 

【後編】10年かけて完成した“まめったい”暮らしの写真集がつくった、限界集落の住民の絆と未来
 

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