11月に入り、季節は晩秋。深まる秋、愛媛・伊予市中山町佐礼谷(されだに)を訪れた。
芸術の秋、食欲の秋にぴったりな場所を紹介する。

表現の幅は無限大 砥部焼の窯元を訪問

まず訪れたのは、砥部焼の窯元「kibi」。

陶房Kibi 愛媛・伊予市
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名護谷希慧キャスター:
入り口も緑がいっぱいで、おしゃれな雰囲気が出てますね。今ずらっと並んでいるのが、全て砥部焼ですか?

kibi・梶原英佑さん:
はい、砥部の土を使って作ったものです。基本的に全て、自分で使いたいかっていうので作るんですけど

見た目はもちろん、料理を盛った時の使いやすさにもこだわったという重厚感のある器や、子どもに喜んでほしいと、動物をモチーフにしたかわいらしい食器。

色・形 さまざまな器たち
子どもにも喜んで欲しい

そして、こんなものも作っている。

形もさまざまな植木鉢

kibi・梶原英佑さん:
植木鉢とかも作っているので

名護谷希慧キャスター:
形もさまざまですね、植木鉢。かっこいい、強そうなイメージも

kibi・梶原英佑さん:
最近はこれを横において仕事しています

らせん状の裂け目が特徴的な鉢に、炎をモチーフに細かい削り出しで仕上げた作品など、表現の幅は無限大。

「砥部焼の価値を変えたい」

作りたいものが山ほどあると話す梶原さんは、砥部焼の窯元で10年間修業を積み、独立して4年目になる。砥部焼に携わることになったきっかけはあるのか?

kibi・梶原英佑さん:
小学校の時の卒業記念で陶芸体験をさせていただいたことがきっかけですね

小学校の卒業記念で作ったという、人生最初の作品を見せてもらった。

小学校の卒業記念でつくった最初の作品

kibi・梶原英佑さん:
壺なんだと思います。今見ると…意外と悪くない。あの時は窯元さんのご厚意でさせていただいていたんだよっていうのを聞いて、そういう人になりたいなというか、かっこいいなと思って

「職人」の姿に憧れた梶原さんの手から生み出されるのは、砥部焼の枠組みを超えた新たな形の焼き物。

kibi・梶原英佑さん:
守っていくつもりはないというか、長い間続いてきた産地なので、変わっていかないとうそなので。新しいものを作っていくのは大切だと思いますね。砥部焼の価値を変えていきたいなと思って。大切に大切に、自分のお気に入りのものって、ずっと触っておきたいじゃないですか。そういうふうになっていけばいいなと思いますね

甘さは一般の栗の2倍…予約しないと買えない「サレヤ金吉」

栗の町に住む人でも予約しないと買えないという、とってもレアな栗を求めて訪ねたのは、地元の生産組合。

名護谷希慧キャスター:
中山の秋といえば外せないのが栗。中でも特別な栗、「サレヤ金吉」をご存じでしょうか?予約しないと買えないんです

レアな栗「サレヤ金吉」

そのレアな栗「サレヤ金吉」を、中山でただ一人で作っている中岡進さん(73)。
ちなみに生産組合の組合長だ。

中岡進さん:
つやがあろう

名護谷希慧キャスター:
つやっとして、本当にきれいですね。このサレヤ金吉は他の栗とどう違うんですか?

生産組合の組合長も務める

中岡進さん:
比重が違う。塩水に漬けた時に、サレヤ金吉は沈む。デンプンが詰まっとる方が重い

デンプン、つまり甘みの源がぎゅっと詰まったサレヤ金吉。

「金吉」は祖父の名前

ちょっと変わったこの名前は中岡さんが命名。
地元・佐礼谷の漢字を「サレヤ」と読んだのと、仕事熱心だったという祖父の名を組み合わせた名前だ。

名護谷希慧キャスター:
甘い!なめらかですね。しっとりしてます

中岡進さん:
口の中が、いつまででも甘いわい

サレヤ金吉の糖度は何と16度ほど。一般的な栗の2倍の甘さ。

しっとり、なめらかな食感

中岡進さん:
できてくれたんよ。授かった。夢の栗や

ふるさとを後進に託すため…理想の栽培法を追求

40年ほど前に、偶然生まれたという「夢の栗」。最初に実をつけた木「母樹」は、今も大切に育てられている。

名護谷希慧キャスター:
ここから始まったんですね

中岡進さん:
僕の宝、命みたいなもんじゃ

母樹は「宝」

この一本の木から作り上げてきた中岡さんの栗畑では、理想の実を求めて何度も接ぎ木を繰り返した苦労の跡が残っている。

中岡進さん:
これ、これが理想の作り方で、低うに作って。女の人でも年寄りでも、誰でも栽培ができる栗

誰でも作業がしやすいよう、木の高さは低く。

そして、2022年度からは初めてドローンを使った農薬の散布などを行う予定だ。
こうした試みは、全て地元・佐礼谷を守るため。
自慢の栗・サレヤ金吉を栽培しやすいものにすることで、愛するふるさとを後に続く人たちに託したいと考えている。

中岡進さん:
中山町は栗の町でしょ。高齢化と人口減で、それに対する栗を作らないと地域が廃れてしまう

名護谷希慧キャスター:
ここまでくるのに何年くらいかかったんですか?

中岡進さん:
20、30年近くかかった、本当に。でも、夢を追うのは幸せやけんの。夢があるのは、夢を追える人いうのは幸せなんやけん

(テレビ愛媛)