「家庭教育」にも党や政府が関与

10月23日、中国の国会にあたる全人代の常務委員会で「家庭教育促進法」が成立した。実際に施行されるのは2022年1月1日になるが、子育てに対する親の責任が法律に明記されることになった。

全人代常務委員会(北京・10月23日)
全人代常務委員会(北京・10月23日)
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法律の中身を確認すると未成年者の保護者が「家庭教育に責任を負う」とされていて、「学習時間や休息、運動などの合理的な調整」「インターネット中毒にならないように管理する」など、しつけも含めて子どもの教育に親が目配りすべき項目が細かく記載されている。また未成年者が不良行為に及んだ場合は、保護者が公安機関などから指導されるという条文も盛り込まれた。

さらに、この法律には「中国共産党や国、社会主義を愛し、国家統一や民族団結を守る意識を家庭内で教育すること」も明記された。今後、共産党や政府は今まで以上に家庭教育に関与を強めていくとみられる。

相次ぐ教育改革

中国はこれまでにも子どもに対する規制を相次いで打ち出していて、中国のメディアやゲーム産業を管轄する国家新聞出版署は8月、18歳未満の子どもによるネットゲームの利用を厳しく制限する方針を発表した。さらに9月からは、小・中学生の宿題と塾通いの2つを減らす「双減政策」もスタートさせた。これは中国版「ゆとり教育」にあたる。子どもたちの宿題や塾通いの負担を減らして行き過ぎた教育熱を抑え、教育コストを軽減する事が目的だ。

中国の宿題の多さはこれまでも大きな社会問題となってきた。過去の調査では、小・中学生が毎日宿題に費やす時間は平均2.83時間で世界最長クラスとされる。日本の小・中学生の平均は40分から50分で日本に比べても圧倒的に多い。

オンラインで英語を学ぶ小学生(広東省深セン)
オンラインで英語を学ぶ小学生(広東省深セン)
授業を受ける子どもたち(上海)
授業を受ける子どもたち(上海)
授業を受ける子どもたち(上海)
授業を受ける子どもたち(上海)

自殺に追い込まれる子どもたち

宿題の重圧から自殺に追い込まれる子供も少なくない。

5月、四川省に住む中学1年生(13歳)の双子の男の子が家出した後、川で遺体となり発見された。2人は自宅に「勉強が必要な事も分かるようになったが、こんなに厳しい要求の下ではもう生活できない」と書かれたメモを遺していた。

また10月にも江西省で12歳の姉と10歳の弟が高層マンションから飛び降り自殺をした。姉の遺書には「私はとても疲れている。目を開けてみるとまだいっぱいの宿題が終わっていない。いくら努力しても永遠に終わらない宿題がある」と綴られていた。

中国の民間教育機構が2018年に発表した報告によると、2016年10月から2017年9月までの小・中学生の自殺は267件あり、最も多い理由は家庭内のトラブル(72例)で、次が学習ストレス(55例)となっていた。学歴偏重社会の行き過ぎは少子化の原因とも見られていることから、中国政府は教育改革を進めてきた。その流れが家庭にも及び「家庭教育促進法」が成立したのだ。

「一人っ子」世代の子育てに「相当な危機感」

拓殖大学海外事情研究所の富坂聰教授は今回の「家庭教育促進法」の成立について、習主席の強い危機感を指摘する。「法律が成立した背景にはこれまでの教育改革の流れがある。そこに焦点を当てると、こういった教育に舵を切る理由は習主席が従来の教育では『ろくな人材が育たない』と見ていて、これは相当な危機感と言えます。」

確かに、中国では未成年者の非常識な行動が目立つ。スマホのゲームで親や祖父母のお金を勝手に使い、数百万円課金してしまったり、公共施設で傍若無人な振る舞いをするなど「常識が欠如」した子どもの増加が問題になっている。
背景には1980年代から90年代生まれの「一人っ子」世代が親になり、自らの子どもに対する家庭教育に自信を持てない事があるという。一人っ子世代は両親だけでなく双方の祖父母の合計6人からかわいがられ、金銭面のサポートだけでなく甘やかされて育ち「小皇帝」などとも呼ばれた。この小皇帝と呼ばれた世代が親となり家庭での子育てに不安を感じているというのだ。

小学校に子どもを迎えにくる親たち(北京)
小学校に子どもを迎えにくる親たち(北京)

親たちの反応は・・・SNSでは“本音”も

北京市で小学生の子を持つ親に「家庭教育促進法」について話を聞いてみると、ほとんどの親は賛成の立場で話をした。

「多くの家庭は子どもの家庭教育に頭を悩ませている。親たちは時間がないか、子育てをする実力がないかのどちらかだ。そのような中で国がこうして関与してくれるのは良いと思う」
「子どもに小さい時から愛国の感情を育てさせれば、大人になってから社会に貢献できるようになる」

一方、次のような意見もあった。

「国から家庭教育をやらなくてはいけない、やらないと罰せられるというのは堅苦しいと思う」

ただ、テレビ局のインタビューでは顔や発言内容など記録が残るため本音を口にする事は難しく、どうしても中国政府を意識した発言にならざるを得ない。そこで、匿名で書き込みができる中国のSNSを確認すると「親は自分の時間も確保できないのに、子どもの面倒を見る時間がどこにあるの?」「法律で家庭教育を規制すると、なおさら子どもを産みたくなくなる」といった本音もみられた。

異例の3期目めざす習主席の本音

6中全会開催にともない厳戒態勢の北京市内(8日)
6中全会開催にともない厳戒態勢の北京市内(8日)

習主席は毛沢東主席が提唱した「共同富裕」を再び掲げ、巨大IT企業や芸能界などの規制に乗り出した。さらに、教育分野では塾や宿題を規制して子どもや親の負担軽減を図ることで、庶民の支持取り付けを目指している。

11月8日に開幕した共産党の重要会議「6中全会」では、毛沢東、鄧小平の時代に続く第3の歴史決議が採択される見通しだ。習主席の下で「新時代」の到来を宣言することで、自身の権威を一層高める狙いだ。歴史決議は習主席が、2022年秋の党大会で異例の3期目続投をめざす上で重要な布石となる。しかし、盤石に見える政権運営の裏には、庶民の支持獲得に敏感にならざるを得ない習主席の本音が見え隠れする。「家庭教育促進法」で共産党への忠誠などを明文化したのも、習主席の不安の表れと取れる側面がある。国民の心が共産党から離れる事を恐れる中で出てきた法律と言えるのかもしれない。

今後、この「家庭教育促進法」は本当に中国の家庭に根付くのか。法律では人の心まではしばれない。長期政権をめざす習主席だが、国民の支持を維持できるか否かは今後の政権運営にかかっている。

河村忠徳
河村忠徳

「現場に誠実に」「仕事は楽しく」が信条。
FNN北京支局特派員。これまでに警視庁や埼玉県警、宮内庁と主に社会部担当の記者を経験。
また報道番組や情報制作局でディレクター業務も担当し、日本全国だけでなくアジア地域でも取材を行う。