「日本の読解力15位に下落」は「第二のPISAショック」か

OECDが昨年末公表したPISA(国際学習到達度調査)の結果を受けて、メディアはこう一斉に報じ教育界に激震が走った。発表された2018年の結果を見ると、参加した世界79カ国の国と地域のうち、日本は読解力が15位、数学的リテラシーが6位、科学的リテラシーが5位といずれも前回(2015年)から順位を落とし、中でも読解力は前々回(2012年)が4位、前回が8位と続落した。

OECD(国立教育政策研究所)のHPより
OECD(国立教育政策研究所)のHPより
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1990年代ごろからOECDは、「これからの国の成長力を測るには、産業や人口や資源だけではなく、義務教育を終えた子どもの学力、生きる力が必要だ」と考えてPISAを発案した。日本でPISAが一躍有名になったのは、2003年の結果公表後。前回に比べて下落(2000年8位→2003年14位)したことが「PISAショック」と呼ばれ、「脱ゆとり教育」の転機となった。

では、また日本の教育は再び危機を迎えているのか?

「今回のメディアの報道ぶりは、学校現場に調査の結果の意義が正確に伝わっていない」と言う文部科学省の矢野和彦審議官に話を聞いた。

PISAを巡る各国の見方は

ーーいまや教育行政を左右するPISAとは、そもそもどんな調査 なのでしょう?

矢野審議官:
歴史をひも解くと、IEA(国際教育到達度評価学会)が世界の主流だった20世紀は、知識と技能の習得が物差しだったのですが、2000年からOECDが始めたPISAでは「生きるための知識と技能」を活用する能力を問うものに変わりました。

ただ率直に言って、調査に加わっている国の中でも「そもそも各国を同列に測れるのか」というせめぎ合いがあります。一方で、PISAを絶対的な尺度だとメディアが無批判に受け入れている現状もあるのですね。

ーーPISAにはさまざまな見方があるのですね?

矢野審議官:
そもそも「PISAショック」についても、2003年と2006年の結果が落ちたときの調査対象だった生徒は、2002年実施の学習指導要領世代ではなく前の世代、「ゆとり世代」ではなかったのですね。。

また、PISAのありようについて先進国の一部からの異論も出ていますし、OECDは毎回、測定分野の新機軸を打ち出しますが、歴史的・文化的背景や価値観に踏み込むこともあるため 西欧と異なる歴史と文化を持つアジア諸国からも異論がありますね。

「第二のPISAショック」はミスリード?

ーー今回のPISA「読解力危機」報道について矢野さんは、ミスリードだったと言われていますね。

矢野審議官:
報道では的確に調査結果をとらえたものも多くありましたが、あるメディアは「ごんぎつね」の国語の授業を取り上げて、国語の伝統的な、主人公の心情や作者のメッセージをくみ取るような授業が解決策だと、的外れな報道をしていましたね。「ごんぎつね」という作品が素晴らしく、その国語の授業自体も素晴らしかったとしても、PISAの「読解力」の解決策として掲げるのはどうかということかと思います。

ーー現場の教員からは、「これまで文科省の言う通り読解力を高める授業をやってきたのに、一体どういうことだ」という意見も出ています。

矢野審議官:
今回のPISAでは、本や新聞、雑誌を読む頻度は、日本を含めOECD全体として10年前から減少傾向にあることがわかりました。一方で日本は、読書を肯定的にとらえる生徒の割合が高く、OECDの中で課題が際立っているわけではありません。

いま求められるのはフェイクニュース対処法

ーーでは「読解力」の試験の内容はどんなものだったのですか?

矢野審議官:
PISAの調査問題はOECDが公表した1題以外は非公表であるため、 具体的な内容は、我々もわかりません。今までの読解力の定義は、書かれたテキスト、新聞や本など編集もちゃんとしていて校正や校閲もできているものを読むということでした。しかし今回の調査では、オンライン上にあるブログや宣伝サイト、投稿文などにアクセスして、質と信ぴょう性を評価し、矛盾を見つけて対処することを求められました。たとえばある商品 の宣伝文があって、それをネットで論評している記事と合わせて読んで、それらの信ぴょう性を判断した上で自らの見解を記述するという問題だったと聞いています。

ーーいわゆる日本の読解力とは違いますね。いま私が大学で講義している「メディアリテラシー」に近い感じがします。

矢野審議官:
今回のPISAの「読解力」調査の狙いについてOECDの責任者であるシュライヒャー局長は、現代社会においてデジタルの世界で求められている読解力に焦点を当てたこと、フェイクニュースが広がる世界で読解力がより重要になっていることだとしています。これまでの「読解力」の範囲に加えて、「情報活用能力」が求められているのですね。

デジタルデバイス活用が明暗分けた

ーー最後に、実はPISAがどうやって日本で行われているかも、メディアも教育関係者もよくわかっていませんね。文科省に問い合わせると、「調査対象の生徒は無作為抽出で選ばれます。準備させないのが目的なので、調査内容は事前に明かされません。生徒は、受験が終わってほっとした高校一年生の夏、突然『試験受けてね』と言われて 一日拘束されて学校のパソコンで『試験』を受け、終わったら定規みたいな記念品を渡されますね」(文科省初等中等教育局の合田哲雄財務課長)ということでした。
調査は紙ベースではなく、パソコンを使うんですね。


矢野審議官:
はい。前回の調査からコンピュータ使用型となり、今回から読解力の定義が先ほど述べたとおりに変わりました。今回の調査でもう一つ明らかになったのは、学校や家庭での学習にデジタルデバイスを使用している生徒の割合が非常に少なく、OECD最低レベルだということです。だからこうした調査に慣れておらず、それが点数にもつながっていると思います。

ーーしかし子どもたちを見ていると、スマホを操ってSNSやゲーム遊びを器用にやっていますよね。

矢野審議官:
OECD諸国に比較して日本の生徒は、ゲーム遊びやチャットにはデジタルデバイスを多く使っているのですから、デジタル活用能力がないのではない。学校教育のICT対応、デジタル活用の遅れこそが、実は今回の結果のキモ、日本の教育上の最大の課題なんですね。

ーーなるほど。デジタルデバイスの学習活用について政府は、いわゆる「一人一台」、「GIGAスクール構想」を打ち出しましたが、教育現場には様々な動揺が広がっていますね。これについては次回また触れたいと思います。ありがとうございました。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】
【表紙デザイン:さいとうひさし】

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鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。