「恐怖」を取り除いてくれたコーチ

水泳の女子100メートル背泳ぎで見事銀メダルに輝いた山田美幸選手、14歳。中学3年生です。
『めざまし8』では、地元新潟で彼女を見てきた水泳協会の会長を取材。
協会の広報紙では、「水との出会いの恐怖と克服」を明かしていました。
さらに、綴られていたのは、「自らの変化」です。

山田美幸選手:
「母がどう思ったのかは分かりませんが、障がいがあったからではなく、小児ぜんそくを治すため、それが水泳を始めた理由でした。初めて水に入ったとき、底に足がつくか不安でとても怖い思いをしました。水を怖がる私を水に慣れさせてくれたのはコーチ達でした」

「恐怖」は取り除かれ、水に慣れ、小学2年生のときには100mが泳げるようになったといいます。気がついたら小児ぜんそくも治っていたそうです。

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山田美幸選手:
「水泳を始める前は ただ遊んでいるだけの毎日だったのですが、水泳を始めてからは、目標に向かって充実した日々を送れるようにもなりました」

外国人とも…広がるコミュニケーション 

水泳によって、環境が変わり、学校以外の人と接する機会も増え、さらに、外国の人たちとのコミュニケーションにも繋がっていったと喜びを明かしています。
成長を続けたその原動力を地元で見つめてきた関係者はこう分析します。

小学校時代から知る新潟水泳協会会長 石川志郎氏:
「コーチの助言とか例えば一つ言われるとそれをずっとクリアするまで何回も何回も練習するという子だったと…」

さらに、ここ数年で感じた変化があります。

新潟水泳協会会長 石川志郎会長

小学校時代から知る新潟水泳協会会長 石川志郎氏:
「大人の会話が出来るようになったってきたことですね。私のように年寄りが話しかけると話しかけたのに単語で答える程度だったのが、今、美幸選手の方からぱっと話しかけて『しばらくでしたね』と言うくらいですから。いろんな合宿とかいろんな外国人選手とかも一緒に練習したりしてそういう会話を通して変わっていったんじゃないかなと思います」

競技を通じて外国の人たちなどとコミュニケーションを重ねる中で、大きな成長につながったと指摘します。

広報紙はこう締めくくられています。

山田美幸選手:
「水泳への恩返しのためにも、自分が次に何をやらねばならないかを常に考え努力を続けていきたい」

無欲は怠惰の基である
この言葉が彼女の座右の銘。たゆまぬ努力を続ける源泉にもなっていました。

(めざまし8 8月26日)