日雇い労働者が暮らす簡易宿泊所の近くにタワーマンションが建ち、高級住宅地と呼ばれる地域に公営住宅団地がある。日本の都会でよく見る光景だ。

一般的に海外では貧富の差や階級、人種等の違いによって住む場所がはっきり分かれることが多い。一方、日本ではいくつかの地区を除き、混在することがほとんどだ。

公立学校に行けば、経済的に裕福な家庭の子も、貧困家庭の子も皆、机を並べて授業を受ける。世の中の多様さを知ることができる利点もあるだろう。

しかし貧困にある子どもたちにとっては、もとより家庭環境の違う子どもたちと競わされたり、格差を見せつけられたりすることで劣等感を持ちやすい。周囲と比較することで心が荒み、自己否定感を抱く「心の貧困」と呼ばれる状態に陥ることもある。

作家・石井光太さん
この記事の画像(8枚)

『本当の貧困の話をしよう 未来を変える方程式』(文藝春秋)の著者である作家の石井光太さんは、これまで「心の貧困」に陥った子どもたちの取材を重ねてきた。

「『心の貧困』の状態がさらに進行すると『心のガン』となり、すべてに投げやりになって人生を破壊してしまう」と石井さんは言う。どうすれば「心の貧困」から子どもたちを守れるのか?詳しく話を聞いた。

自己否定感を募らせる「心の貧困」

心が満たされず、自己否定感を募らせる「心の貧困」は、その子がおかれる生活環境が原因となることが多い。学校では、住む家や持ち物、塾や習い事に通えるかどうかなど、比較するたびに劣等感が膨らんでいく。家に帰っても、そこが必ずしも安心・安全な場所でない場合もある。

石井さんは、過去に出会った子どもたちの話から「そもそも心の貧困の状態にある子どもたちは、経済的に貧しいだけでなく親から虐待を受けるなど厳しい環境にあることが多い」と語る。

経済的な貧困を抱えていなくても家庭環境により「心の貧困」に至るケースもある。幼少期からの度重なる虐待で脳の発達に影響したり、愛着障害の問題を抱えることで悪循環に陥ることも多い。

image

「子ども自身がもともと精神障害や知的障害を抱えている場合もあり、他人と人間関係を築くのが得意ではなく友達がいないこともあります。そうすると、いじめられても友達に助けてもらったり頼ったりすることができず、学校に行かなくなってしまうことがある。そうしたら地域からも白い目を向けられたり、さらに家では親からも『なんで学校に行かないんだ?』『お前はどうしようもない』と放っておかれたりする」

問題が次々と重なることで「心の貧困」が悪化し、やがて強い自己否定感が心を蝕む「心のガン」へと進行してしまうこともある。

「学校や地域の共同体からドロップアウトすることで、『悪い人たち』に絡めとられてしまい、非行や売春に手を出して大きなトラウマを背負っていくこともあります。そうすると生きづらさの核みたいなものを抱え込んでしまって、なかなか立ち直れなくなってしまうというのが現状なんですね」

少年犯罪の裏に潜む「心のガン」

2015年2月に川崎市の多摩川河川敷で起きた、川崎中1男子生徒殺害事件。その加害者少年たちもまた「心のガン」をもっていた。

石井さんが事件の関係者を取材するなかで浮かび上がったのは、加害者少年たちが幼少期から育児放棄や親からの暴力を受け、学校でも同級生からいじめを受けてきたという事実だったという。

彼らは定時制や通信制の高校に入学するも、中退したり不登校になったりした末に、非行に手を出すようになった。

「そういう子たちは心が荒んでしまって、もう自分なんてどうでもいいや、という考えになるわけです。自分の人生も、自分の命すらも大切にできない。だから他人の気持ちとか、他人の命、他人の大切にしているものの存在を考える余裕もない」

事実、加害者の少年たちはカッターで被害者を43回も切りつけて殺害した直後にあっても、そのまま帰宅して朝まで夢中でゲームに興じたという。

「彼らのような子どもたちの人生を見ていくと、その子らは目の前のことを乗り切るだけで精一杯なんですよ。親のいる家には帰りたくない。友達と過ごすことで、いかに現実から逃げるかということだけで生きているので、明日のことなんて考えられない。そういった中で非行や売春、オレオレ詐欺など短絡的な行動を繰り返して、自己崩壊とともに他人も崩壊させてしまう」

「事件だけを見ると、少年たちはただ悪い人間だとされるけど、その裏に『心の貧困』から『心のガン』に進行する過程がある。これをやっぱり問題視しなければいけない」と、石井さんは強調する。

これによって加害者の罪を正当化、矮小化しようという話ではない。ただ事件には、社会全体の抱える問題が確かに関わっていたという事実がある。

子どもの心を支えるためにできること

子どもは、自身の置かれる環境を選べない。例えばその子の近くに気にかけてくれる大人がいたならば「心の貧困」から救われるかもしれない。

それを「運」次第だとしないためにも、子どもたちと、周囲の大人たちとの接点を作ることが大切だ。

image

「例えば、地域のNPOが行っている子ども食堂や無料塾は、子どもたちが多様な大人と出会うきっかけになります。それらの取り組みって、ごはんでお腹いっぱいにすることや勉強して偏差値を上げること以上に、子どもたちに親以外の大人のロールモデルを見せることができる。子どもたちと触れ合うことで、その子たちの心を支えていける活動だと思います」

「逆に言うと、今以上に多様な団体が出てきたらいいなと思います」と石井さんは語る。「いろんな子どもたちを見てきて、その子とその大人が運営するNPOとの親和性がものすごく大事なんですね」

実際、前出の川崎の加害者少年たちも、地元のNPOとつながったことがあったというが、皆1〜2回訪れただけでドロップアウトしてしまったという。

「子どもは相性次第で人とくっついたり離れたりします。現状の支援団体が良いとか悪いとかいう問題ではなく、支援する大人の中に、例えばですが、一見とんでもない変わり者な中華料理店のおやじがいてもいいし、深夜に徘徊する少年たちに『暇だからサッカーやろうぜ』とか声をかけるおっちゃんがいてもいい。そこでしか繋がれない子どもがいるはずなので」

コロナ禍で子どもたちが負った「傷」

子どもたちを取り巻く状況は、コロナ禍でさらに厳しさを増している。外出自粛などの感染対策と、子どもの孤立を防ぐ取組みの両立は容易ではない。特に学校が休みの期間は、家庭が安心安全な場所ではない子どもに「別の居場所」を確保することが必須だ。

しかし内閣府と厚生労働省の調査によれば、今年春の大型連休中に活動していた子ども食堂などの「居場所」の数は通常時の約2割で、実現の難しさがうかがえる。地方自治体による直接支援も、食材の配布のみが中心だった。

「コロナ禍における国や自治体の支援としてお金や食を提供するのはもちろん必要です。しかし、それだけでは解決策にならない。大切なのは子どもたちの心のケアです。経済的な理由で高校を辞めざるをえなくなった子ども達は心の傷を負っていることもあります。コロナ禍で仕事を失って荒れる親と24時間ステイホームしなければならない子どもたちがいる。その問題が大きいのです。

子どもたちが、これまで何を通して社会とつながってきたか。それは勉強ではなく部活だったり、友達同士のグループで遊ぶことだったり、ゲーセンに行ったりすることだったわけです。これらをコロナ禍ですべて失えば当然、自己肯定感を持てる機会が減るわけですよね」

image

「コロナ禍の厳しい状況だからこそ、大人が示せることは逆に大きくなるはずなんですよ」と石井さんは語る。どんなに厳しい状況にあろうとも、自ら工夫して楽しむこと。その術を、大人が手本となって子どもたちに見せるチャンスとも言える。

「例えばですが、部活の合宿が無くなったのならコーチが自ら夜中の11時から2時までオンラインで繋いでみんなで会話しようぜ、とか。そういう提案は子どもたちからするとかなり楽しいですよね。考えようによっては、できることも増えている。そのことを大人が、社会全体がポジティブに考えていかないといけない。『コロナ禍は悲劇だ』『つまらない』と文句ばかり言ってる大人の姿なんて、子どもたちは見たくもないですよ」

「心の貧困」や「心のガン」を抱えた当事者を救うには、専門家による具体的なプログラムに頼る方法があるだろう。しかし、「心の貧困」を作り出す社会自体を変えるには、「大人自身が楽しんでいるかどうか、じゃないでしょうか」と石井さんは言う。

子どもたちにはいくら言葉を尽くしても足りず、大人自身が人生を楽しむ背中を見せることでしか希望を与えられないのかもしれない。コロナ禍で大人自身も苦境にあり、そこへの対策が必要なのは言うまでもない。しかし子どもたちの未来を守れるのは大人だけだ。私たち一人ひとりのあり方を、子どもは見ている。

『本当の貧困の話をしよう 未来を変える方程式』(文藝春秋)

石井光太
1977年、東京生まれ。 国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行う。ノンフィクション作品に『絶対貧困 世界リアル貧困講義』『遺体 震災、津波の果てに』『浮浪児1945- 戦争が生んだ子供たち』『「鬼畜」の家 わが子を殺す親たち』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の真相』『本当の貧困の話をしよう 未来を変える方程式』『こどもホスピスの奇跡 短い人生の「最期」をつくる』など多数。

取材・文=高木さおり(sand)