“令和の怪物”ロッテ佐々木朗希(19)が念願のプロ初勝利を挙げた。守護神・益田直也(31)から「おめでとう」とウイニングボールを手渡され、ヒーローインタビューで「うれしいです。楽しかったです」とマイクを手にはにかんだ。

大船渡高時代には最速163キロをマークするも、あと一歩のところで上がることができなかった聖地・甲子園のマウンド。

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悔しさを糧にした。「小・中・高とたくさんのチームメートと野球をやってきて、ここまで来られた。その思いを忘れずに、これからも頑張りたい」。昨年1月に寮に入る際に寄せ書き入りのユニホームを持ち込み、こう話した。

あの日途絶えた夢を追いかけるように力投した。5回94球を投げ4失点5奪三振の投球に、「初めての甲子園なので雰囲気をかみしめながら投げたいと思っていました。投げさせてもらったという形になったと思うんですけど、結果的に投げられてよかったです」と振り返った。

1年間の体力作りを経てのプロ2戦目での初勝利については「僕の中ではすごく長かったんですけど、沢山の方々に支えてもらって、勝つことが出来てよかったです」と感謝を口にした。

力感のないフォームで角度のあるボールを投げ込んだ。この日の最速は154キロ。初回は3者凡退に抑えるも、2回には3連打をきっかけに2点を奪われた。阪神のドラフト1位ルーキー佐藤輝明(22)との対戦では自慢の直球でタイムリーを許し、「内容はまだまだ反省点が多いんですけど、次に修正していけたらと思います」と語った。

5回を投げ4失点でマウンドを降りるも、6回に打線が3点を挙げ逆転。「ベンチで見ていました。びっくりしました」と勝利投手の権利を手に入れる強運に自分でも驚いた。
次回へは「もっと内容も改善できると思うので、次いいピッチングができるように頑張りたいと思います」と誓った。

初めて手にしたウイ二ングボールの行き先を聞かれると、「“両親”に渡したい」とした。
当たり前に聞こえる言葉でも違った。小学校3年時に東日本大震災に被災し父親(当時37)と祖父母を津波で失った。「野球をしている時が一番楽しかった。夢中になれる時間というのがあったおかげで大変だった時、つらいときも頑張れた」一つだけ夢中になれることが野球だった。

ヒーローインタビューで自然に言葉が出た。「母親に」ではなく「両親に」。自宅でテレビ観戦していた母親は号泣したという。女手一つで大きな体に育てれくれた母親と天国で見守る父親へ、甲子園で輝く姿と初勝利を届けた。

この日は同期のライバル、ヤクルト奥川恭伸(20)も2勝目を挙げた。「この1勝で終わらないように、どんどん積み重ねていきたい」。“令和の怪物”が、高校では届かなかった甲子園のマウンドから大きな一歩を踏み出した。

交流戦:阪神4-6ロッテ
(27日・甲子園・7,061人)