沖縄・普天間基地の返還合意から25年が経過した。
日米両政府の移設交渉に関わった軍事専門家は、「移設問題は泥沼化している」と指摘する。
なぜ問題は長期化しているのか、移設交渉を見てきた当事者に話を聞いた。

普天間基地全面返還で合意も…

橋本龍太郎首相(当時):
普天間飛行場は、今後5年ないし7年以内に全面返還されることになります

橋本龍太郎首相の会見 1995年4月12日
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1995年に起きたアメリカ兵による少女暴行事件を契機に爆発した県民の反基地感情。
日米両政府が出した答えは、普天間基地の全面返還だった。

稲嶺恵一元県知事:
基本的には、スタートは全て危険性の除去です。危険性の除去ということを考えて、これをまず第一歩としてね、着実に歩んでいかなきゃならないと

返還合意の2年後に知事となった稲嶺惠一さん

稲嶺惠一さんは、返還合意から2年が経過した1998年に県知事となった。
稲嶺さんは、県内移設を受け入れる条件として、「15年の使用期限」や「軍民共用」を条件として名護市辺野古の沖合を普天間基地の移設先とする方針を決めて、1999年には国もこれを閣議決定した。

稲嶺恵一元県知事:
私は、長い間の県民財産というのが欲しかったんですよ。地方空港って生きるんですよ。時代なのです。だから、その意味では、あの当時として軍民共用の北部空港というのは、非常に悪くなかったと思いますよ

しかし、県内移設への県民の反発は強く、在日アメリカ軍の再編問題もあり、国は2006年に県との間で合意した移設方針の閣議決定を廃止し、V字型滑走路の代替施設の建設、いわゆる現行案を日米で合意した。

“2日間で危険性を除去”するプラン浮上も水の泡に

その後も、辺野古移設が危険性除去の「唯一の解決」と繰り返され、いまだに動かない普天間基地。

この世界一危険な普天間基地の危険性をわずか2日間で除去するという驚きのプランが、交渉のテーブルにのせられていた。

軍事評論家の小川和久氏は、小泉政権や鳩山政権時に軍事の専門家という立場で移設問題に携わってきた。

軍事評論家・小川和久氏

軍事アナリスト・静岡県立大学特任教授 小川和久氏:
理屈の上でいうと、日本が軍備独立するか、アメリカの準州みたいに自分からなるということになれば、米軍基地問題はなくなるのですが、それはリスクが大きいし、それは採用できない

問題を語る小川氏

アメリカは「有事の際に日本周辺でどのくらい軍事力を展開できるか」を大前提にしている以上、無条件での返還は困難とする小川氏。
ただ、軍事的に重視するポイントを抑えさえすれば、普天間基地の危険性を2日間で除去できるとして提案されたのが、キャンプ・ハンセンへの機能移転だった。

軍事アナリスト・静岡県立大学特任教授 小川和久氏:
(海兵隊の)ヘリベースは、2日くらいで移設しちゃうわけですよ。陸上自衛隊だって、北海道にそういったものを作る訓練はやっていますし、それやった瞬間に普天間の部隊は、仮移駐先に移る、普天間は閉める

小川氏の案は、キャンプ・シュワブの一角に暫定的なヘリ基地を作って、普天間基地の海兵隊をいったん移駐させ、キャンプ・ハンセンの「旧チム飛行場」を使って機能移転を図るというものだった。

軍事アナリスト・静岡県立大学特任教授 小川和久氏:
キャンプ・ハンセンの今建物が建っている下に、アメリカ軍が沖縄戦終結時に10日間で作った滑走路の跡があるのです。そこに置けば恩納岳も邪魔にならないし、民家の上も今だって飛ぶ頻度は、かなり限定される

しかし、最低でも県外としていた民主党政権が、2010年に辺野古に回帰したことで、さまざまな交渉は水の泡となった。

「辺野古移設」にすり替わった問題

さらに小川氏は、「辺野古」移設には大きな問題が隠れていると指摘する。

軍事アナリスト・静岡県立大学特任教授 小川和久氏:
アメリカの連邦議会の政府監査員GAOですね。これは過去2回、辺野古使えないと書いてます、報告書で

現行案のV字型の滑走路は、長さ約1,800メートル。
小川氏は、「海兵隊が運用する固定翼機は、少なくとも2,000メートルは必要で、辺野古の代替施設が完成したとしても普天間基地が継続的に使用される恐れがある」と指摘する。

海兵隊運用の固定翼機には2,000メートル必要

実際に、在日アメリカ軍の統合計画では、代替施設では確保されない長い滑走路を用いた活動のため、緊急時の普天間基地や那覇空港の使用が想定されている。

軍事アナリスト・静岡県立大学特任教授 小川和久氏:
日本側が(辺野古を)中止します、やり直します、アメリカにとってもメリットがありますと言えば、そのまま受けます。アメリカの手を離れているということを抑えた方がいい。ある意味で日本の国内問題なのです

大浦湾では、「マヨネーズ並み」と言われる軟弱地盤が見つかり、政府が試算する工期は当初の計画よりも伸び、普天間基地の返還は少なくとも2030年代に…

軟弱地盤といわれる大浦湾

それでも、「辺野古が唯一」とする日本政府。
普天間基地の全面返還は、いつの間にか「辺野古移設」へと問題がすり替わり、「危険性の除去」という原点は、かすんで見えなくなっている。

軍事アナリスト・静岡県立大学特任教授 小川和久氏:
(政府は)自己満足というか、ある意味では言い訳の連続でここまで来てしまって、辺野古の問題は泥沼化している

普天間の返還合意から25年…
県民が夢見た全面返還は、政治によって翻弄(ほんろう)され続け、今も住宅地上空をアメリカ軍機が飛び交う光景は変わらず、住民たちの命は、脅かされたままの状態となっている。

(沖縄テレビ)