新型コロナの感染予防として今、注目を集めるワクチン。ワクチンや予防接種といえば、一般的に思い浮かべるのは注射。どうしても針が苦手で、接種を敬遠してしまうという人も少なくないだろう。

日本では注射器での接種がほとんどだが、海外ではほかの方法での接種も進んでいるようだ。具体的にどのような方法が開発されているのか、川崎医科大学小児科学教授で、感染症や予防接種を専門としている中野貴司先生に聞いた。

「飲む」「吸う」「貼る」痛みを軽減する接種方法

「海外では、鼻に噴霧するタイプのインフルエンザワクチンが製品化されています。また、実用化には至っていませんが、貼るタイプのワクチンの研究も進んでいるようです。これらの接種方法であれば、注射と比べて痛みが少なくなることが期待されています」

なお現在、注射以外の主なワクチン接種の方法として、以下の種類がある。

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●飲むワクチン(経口ワクチン)
ワクチンをスポイトなどで口に入れて接種する方法。国内では、ロタウイルスワクチンの接種に用いられている。

●鼻や口から吸入するワクチン(経鼻ワクチン)
ワクチンを鼻や口から吸い込んで接種する方法。スプレー式のものやネブライザー(吸入器)を使って吸入するものなど、種類はさまざま。国内でも経鼻ワクチンの開発は進められている。

●貼るワクチン(経皮ワクチン)
微細な針を並べたマイクロニードルパッチを肌に貼ることで、ワクチンを接種する方法。2020年4月に、アメリカのピッツバーグ大学医学部で動物実験が行われていることが発表された。

●スタンプ式ワクチン
管に細い針がついたものを上腕に押しつけて、ワクチンを接種する手法。日本では結核を予防するBCGの接種(経皮接種)、アメリカではインフルエンザワクチンの接種(皮内接種)に用いられるケースも 。

「注射以外のワクチン接種の方法が増えていけば、注射に恐怖心を抱く人でも接種を受けやすくなることは間違いありません。私も小児科医として子どもを診ていますから、注射で痛い思いをさせるよりも、痛くない方法で済ませてあげたいという思いがあります」

薬剤を確実に体内に取り込める「注射での接種」

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なぜワクチンの接種は注射が主流なのだろうか。一般的な薬と同じように錠剤などになっていれば、接種しやすくなりそうなものだが。

「薬剤を確実に体内に入れるという点で、注射器が選択されたのだと思います。食べ物で想像するとわかりやすいですが、口から飲み込んだものは体内で分解されるので、すべての成分が体に取り込まれるわけではありません。一方、注射器であれば、ダイレクトに取り込めます」

ただし、日本にも注射器以外の方法で接種するワクチンがある。主に乳幼児が接種するロタウイルスワクチンだ。

「ロタウイルスによる感染性胃腸炎を予防するワクチンは、ウイルスの毒力を弱めた生ワクチンを飲むタイプです。かつてはポリオワクチンも、経口ワクチンが用いられていました。感染性胃腸炎もポリオもウイルスが口から入って感染する病気なのですが、ワクチンも感染経路と同じルートで取り込むと、免疫がつきやすくするという側面があるからです」

ロタウイルスワクチン以外にも経口ワクチンが増えれば、ワクチン接種に対する恐怖心や不安感は払しょくされそうだが、現実は注射での接種がメイン。なぜ、注射以外の方法に広がっていかないのだろうか。

「患者さんの負担を減らすことはとても大事ですが、同時にワクチンの効き目や安全性も確保しなければいけません。医薬品メーカーが有効かつ安全なワクチンを開発し、国が承認をしたうえで社会に受け入れられないと、普及していきません。注射以外の接種方法は、まだいくつものハードルを越えていく段階にあるといえます」

「価格」「サイズ」「危険性」も薬剤の普及に影響

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普及を考えるうえでは、ワクチンという薬剤の特性も踏まえなければいけないとのこと。

「ワクチンは、多くの人が接種を受けてこそ効果があるものです。つまり、多くの人が速やかに接種できるものでないといけません。そのため、費用が高すぎると、世界中に行き渡らないので、普及しにくいでしょう」

また、輸送や保管のことを考えると、器具が大きくなってしまうものは受け入れられにくいのだそう。

「スタンプ式ワクチンは注射より痛みが少ないので、患者さんの恐怖心を軽減することはできますが、専用のキットが大きく、保管するには広い場所が必要になります。また、接種後の医療廃棄物が多く出てしまうことも、問題視されやすいといえます」

接種を受ける際にも、接種方法によっては注射以上に注意が必要になるという。例えば、ネブライザーを使用する吸入式ワクチンの場合、ワクチンが周囲に飛び散る可能性があるため、周りの医師や看護師、環境への影響も考慮しなければいけないそう。

「貼るタイプのワクチンはかさばらないため、保管の面でも有用だと考えられていますが、接種後の扱いが課題。注射の針は、使用後に誤って別の人に刺さってしまう針刺し事故がありますが、貼るワクチンのマイクロニードルでも同様のことが起こり得るのです。接種や廃棄の方法は、慎重に検討しなければいけません」

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「痛みがなく接種できる」という理由だけでは、普及にまで至らないというわけだ。中野先生は、「日本では、しばらく注射での接種が中心になるだろう」と話す。

「各国の医薬品メーカーが、より良いワクチンの開発を進めているので、将来的に選択肢が増え、それぞれに合う接種方法を見つけられるようになるかもしれません。ただ、現状は有効性や安全性、保管方法、医療廃棄物の観点からも注射が適しているため、接種方法の主流となっているのだといえます」

こうした観点から、新型コロナウイルスのワクチンも注射での接種になったのだろう。そして、日本においては、今後も注射での接種がメインとなりそうだが、さまざまな方法の開発が進んでいることも確か。いずれ、痛みがなくワクチンが接種できる日が来ることを期待しよう。

川崎医科大学小児科学教授、中野貴司先生

中野貴司
医師。川崎医科大学小児科学教授。三重大学・国立病院機構三重病院小児科での勤務、ガーナ共和国野口記念医学研究所、中国ポリオ対策プロジェクトへの参加など経て、2010年7月 より現職

取材・文=有竹亮介(verb)