東日本大震災・原発事故から10年。
避難先での生活が定着したことや、いつ戻れるのか分からない”あいまい”な状況に区切りをつけようとして、帰還を諦める人もいる。それでも、故郷への思いは変わらない。

避難から10年…故郷を"諦める"決断

福島・富岡町小良ヶ浜地区。
東日本大震災前は約100世帯が暮らしていたが、今は帰還困難区域に指定され、誰も住むことが許されていない場所。

この記事の画像(13枚)

富岡町小良ヶ浜地区副区長・関根弘明さん:
近くで生まれ育ちましたんでね、本当に良い場所であるなと

関根弘明さんは、富岡町小良ヶ浜地区で生まれ育った。

富岡町小良ヶ浜地区副区長・関根弘明さん:
ここが自宅です。こんな状態ですよ。震災の時はこんなんじゃなかったんですけども

震災直後に飛び出したままの自宅。
帰還が叶わないうちに10年の月日が経ち、野生動物に荒らされてしまった。

富岡町小良ヶ浜地区副区長・関根弘明さん:
こんな風にはなってなかったんですけども、みんな壊されちゃってるんですね、イノシシに。壊されちゃって。全部中身出すんですよ。イノシシも布団に寝るんですね

除染や避難指示解除はいつになるのか、見通しが立たない中で、関根さんは自宅に帰ることを諦めた。

富岡町小良ヶ浜地区副区長・関根弘明さん:
いつまでも引きずっていてもどうしようもないんですよ。帰ってこれないんで。もちろん私の生涯の中で一番ショックな出来事ですよ、これは。一番ショックな出来事ですよね

2020年、地区の共同墓地にあった先祖代々の墓を町内の別の墓地に移した。
将来、子どもや孫がこの場所へ墓参りに来られるかどうか考え抜いた末の決断。
ただ、除染が済んでいないため、墓石であっても持ち出すことはできなかった。

富岡町小良ヶ浜地区副区長・関根弘明さん:
だからここは魂だけ抜いて頂いて、それで新しく一から作った

今は地区の副区長、そして2021年4月からは区長を務める関根さん。小良ヶ浜に戻った時には地区の施設を見回る。

富岡町小良ヶ浜地区副区長・関根弘明さん:
これだけの班数あったんですよ、もともと

10年という歳月の間には、ふるさとに帰ることなく多くの人が亡くなっている。
避難でバラバラになって住民の交流が途絶え、訃報さえ届かなくなった。

富岡町小良ヶ浜地区副区長・関根弘明さん:
長すぎます、やっぱり。長すぎます。一軒一軒の住民は、目標が見当たらないのが現状じゃないですかね。「お金いくらかかろうが、本当に元通りにしてくれ!」というのは誰でも同じだと思います

「除染してから解除してほしい」

小良ヶ浜地区のように、特定復興再生拠点区域の対象から外れた帰還困難区域について、具体的な復興の見通しはまだない。
一方で国は2020年 居住しない場合に限って、除染をしなくても避難指示解除を認める方針を示した。

富岡町小良ヶ浜地区副区長・関根弘明さん:
それはないでしょうと。まずは一通り除染をして、全体でこのくらいまで汚染が下がりましたよという所がハッキリしてからでないと。いきなり解除だけされても、ちょっと乱暴すぎるんじゃないかなという風には私は感じています

残された土地や建物はどうするのか。避難指示の解除に、除染は欠かせないと考えている。

富岡町小良ヶ浜地区副区長・関根弘明さん:
「みんな戻ってもらうよ」と言う風にしたいんであれば、きっちり除染をして、生活しても全く安全だよという状況まで、そういうような段取り・準備をしてもらわないと、きっと小良ヶ浜地区・深谷地区は消滅してしまうと思います。工程をしっかり決めてもらえれば、帰れない住民も少しは納得できるんじゃないかなと思います

帰ることは諦めても、”故郷”であることには変わりのない小良ヶ浜地区。
この地区の将来をどう考えているのか、国が示すことを望んでいる。

(福島テレビ)