「障がい者に保護はいらない、働く機会を与えてほしい(No Charity, but a Chance!)」

今から半世紀前にこう唱えたのは、“日本パラリンピックの父”と呼ばれた中村裕博士だ。当時、中村氏は日本で初めて障がいのある人が働いて収入を得る施設「太陽の家」をつくった。

そして今、障がいのある人たちはアートを通して社会とつながり、企業は共に働きながら新たな価値“インクルーシブデザイン”を創造しようとしている。その現状を取材した。

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障がいのある人はアートを通して社会とつながる
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この絵を飾ったらオフィスが変わるかな

神奈川県小田原市にある情報システムの企画開発などを行うサンネット株式会社。社員170人のこの会社のオフィスを訪れると、ポップな色彩の絵がまず目に飛び込んでくる。サンネットでは5年前から、障がいのある人たちが描く絵をオフィスに飾っている。

「“アール”が設立された時、顧問弁護士から支援してみてはどうかと言われたのが始まりです」こう語るのは、サンネットの市川聡代表取締役社長だ。

市川さんが言った“アール”とは、小田原市にある認定NPO法人アール・ド・ヴィーヴル(以下、アール)。障がいのある人たちにアートなど創作活動の場を提供する団体で、2013年に設立された。

サンネットの市川聡社長。障がいのある人たちの描く絵をオフィスに飾っている

市川さんは、障がいのある人が描いた絵をオフィスに飾り始めたきっかけを次のように語る。

「最初はCSRの一環としてアールに協賛金を払っていました。しかしある時、『アトリエが新しくなるので開所式に来てください』と手紙がきて、その手紙がポップで何となく気になったので開所式に行ってみたんです。そこで見た絵が可愛くて、こういう絵を飾ったら殺風景なオフィスが変わるかなと思って絵のリースを始めました」

最初は「どう接したらいいのか分からない」という声も

アールでは絵をリースするだけでなく、3カ月に1回、絵を描いた本人がリース先に絵を持って来て社員向けに説明会を開いている。当初は「仕事があるから」と無関心だったサンネットの社員も、彼らと会話をする機会が増えていくと徐々に集まるようになり、3カ月に1度の説明会は大きな社内イベントとなった。

絵の説明を熱心に聞くサンネットの社員たち

当時、サンネットでは障がい者雇用を検討していた。しかし、社員からは「どう接したらいいのか分からない」といった不安の声があり、市川さん自身も「システム開発の会社なので仕事を任せるのは厳しいだろう」と、当初はアールから雇用した人をそのままアールに出向させることも考えていた。

“障がい者雇用は資産”とマインド切り替えを

だが、市川さんはあることに気づいてその考えを変えた。

「あるダウン症の人が文字認識できることに気づいたのです。そこで、IT技術を使って知的障がいのある人でも文字データを入力できるシステムを開発したんですね」

サンネットではこのシステムを使って障がい者雇用を実現し、システムの特許を取って現在、県内の一部特別支援学校や障がい者の職業訓練施設にこのシステムを無償で提供している。

ダウン症の人が描いた絵には文字が自由に並ぶ

サンネットが雇用した障がいのある社員の仕事は、当初はデータ入力だけだった。しかし「そのうちプログラミングもやりたいと言ってきて、研修中にすごいのをつくってきました」と市川さんは振り返る。

「私たちは、障がいのある人の自発性をいかに吸い上げるかという発想がありませんでした。経営者は障がい者雇用というと、どうしても負債、経費といったマイナスイメージで捉えがちですが、資産であり売り上げにつながるのだとマインドを切り替えるべきですね」

サンネットでは今後も障がいのある人の雇用を増やすつもりだ。

障がいのある社員も共に働くサンネットのオフィス

自分らしく生きられる場の実現を目指して

アールは障がい者の創作活動の場であると同時に、自分のペースで働いて作業分の工賃を得ることができる「就労継続支援B型」の事業所でもある。

アールを設立し理事長を務める萩原美由紀さんは、アールをつくった理由をこう語る。

「20年前にダウン症のある子ども達のボランティア活動に参画したとき、成人すると内職や請負いの軽作業に従事する方が多く、それが苦手な人たちには選択肢が少ないことを知りました。そこで知的障がいがあっても自分らしく生きられる場の実現を目指したいと思ったのです」

アール・ド・ヴィーヴルとは、フランス語で“自分らしく生きる”だ。アールには現在、約40人の障がいのある人たちが登録している。

萩原美由紀理事長(左)と柴田航汰さん(右)

柴田航汰(19)さんは脳性まひと知的障がいがあり、小田原養護学校高等部を卒業してアールに来たのは2020年4月から。絵を描くのが大好きだという柴田さんは、真っ白い紙が目の前に置かれるや力強いタッチであっという間に絵を描く。

「季節の花を描くのが好きです。好きな花はカーネーションやひまわりですね」

「季節の花を描くのが好き」と筆を走らせる柴田さん

待寺優さん(31)はダウン症で、10歳の頃からダンスを始めインストラクターの経験もある。CDも出していて、フジテレビのドキュメンタリー番組「ザ・ノンフィクション」にも何度か出演している。アールでは織物をやっていて、もう5年になるという。

「織物はやっていて面白いです。絵は図鑑を見て何の絵にするのか考えます」

自作の織物作品を持つ待寺優さん

障がいのある人は色を自由に扱える

アールのアートディレクターとして、障がいのある人たちにアートをファシリテートしている美術家の中津川浩章さんは、障がい者アートの魅力をこう語る。

「学生の頃、スイスの美術館で人の内面を放出するようなすごい作品を見て、その後、その画家が統合失調症であることを知って衝撃を受けました。日本では今、アート活動をしている障がいのある人の数は、30年前から比べると何十倍にもなっています。自閉症などの障がいのある人は触覚や音や色に対して感覚の鋭さがありますが、健常者が“葉っぱは緑”など色を固定して表現するのに比べて、最初からさまざまな色を自由に扱えます」

アールのアートディレクター・中津川浩章さん(右)

アールでは、4月から小田原市内に新しい施設を設立する。

「新施設は、就労支援施設と生活介護施設が合体したものになります。広いアトリエが2つあり、重度の障がいがある方も創作活動が行えます。また、作品を常設できるギャラリーカフェも併設して、障がいがある方が働く場としても活用していきます」

施設内はもちろん全てバリアフリーで、トイレもスロープも完備されているため車いすユーザーも楽しんでもらえる。

アールの新しい施設では車いすユーザーも快適に過ごすことができる

インクルーシブデザインは新たな価値を生み出す

インクルーシブデザインという言葉がある。障がい者や外国人など、社会的マイノリティといわれるユーザーを考慮して、施設や商品、サービスをデザインするという考え方だ。車いすユーザーのために階段にスロープをつけ、エレベーターや部屋の間口を広くするのはその一例で、アールの新施設はまさにインクルーシブデザインを実現している。

サンネットの市川さんも障がい者雇用を通じてインクルーシブデザインの考え方に出会ったという。

「障がいのある人たちとのつながりの中で、新たな商品やサービスが生まれます。また、障がいのある人たちが働きやすい環境を整えれば、あらゆる社員が働きやすい環境になると思います。アールとの接点が増えるようになってから、会社が変わってきた気がします」

サンネットではアールとの接点が増えて会社が変わった

これまで障がいがある人の仕事は単純作業が多く、社会とのつながりも少なかった。

しかし、障がいのある人たちが社会とつながることで、誰一人取り残さないインクルーシブな社会の実現にまた一歩近づく。超高齢社会となる日本社会において、インクルーシブデザインの考え方は今後益々重要になるだろう。

アールのアトリエで柴田さんに取材する筆者(左端)

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】