東日本大震災から10年という大きな節目を迎えた2021年3月11日。多くの人が未曾有の大災害を振り返り、未来に思いを馳せたことだろう。筆者は宮城県出身で、この間、被災地の取材を続けてきた。この日が来るたびに震災がもたらした悲劇・教訓を後世のために繋いでいかなければならないと強く思う。だがもう一つ、この節目で私たちが決して忘れてはならない事がある。発災当時に世界中から寄せられた手厚い支援の数々だ。

最も早く被災地に駆けつけたのは韓国の救助隊だった

2021年3月11日午後2時46分、韓国ソウル市内の日本大使館の施設で、一人の男性が被災者に黙祷を捧げた。男性の名は李東星(イ・ドンソン)さん。発災当時韓国から被災地に入った、100人を超える救助隊の隊長を務めた。

2021年3月11日 在韓日本大使館で開かれたイベントで黙とうを捧げる李東星(イ・ドンソン)さん。
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震災後の国際支援と言えば、急遽空母を派遣するなど「トモダチ作戦」として大規模な人的・物的支援を展開してくれた同盟国アメリカと、200億円以上という破格の義援金を寄せてくれた台湾を真っ先に思い浮かべる人は多いだろう。

隣国韓国は、それに比べあまり話題に上ることはなかった。さらに、震災発生半年後の2011年9月、韓国・全州で開かれたサッカーの試合で、「日本の大地震をお祝います」(※「お祝いします」と書こうとして間違えたとみられる)と書かれた横断幕が一部の心無い韓国人サポーターによってスタンドに掲げられた。

韓国人サポーターによって掲げられた横断幕(画像:スポニチ)

震災を揶揄・中傷するような、にわかには信じがたい行為だ。この蛮行は日本で大きく報じられたため、韓国に対して「負の記憶」を持っている人は多いのではないだろうか。津波で家を失い、大切な人を失い、今も苦しむ被災地の人々の気持ちを考えれば当然のことだ。

しかし、諸外国から被災地に派遣された国際救助隊のうち、最も早かったのは、実は李隊長が率いる韓国の救助隊だった。震災後2カ月間で23の国と地域から人的派遣の支援を受けた日本。派遣された方々は救助・捜索活動や医療支援、がれきの撤去など多岐にわたって活動し、その存在は多くの被災者を勇気づけ、励ますものだった。

被災地に向かう韓国国際救助隊

李隊長率いる韓国隊は震災翌日の12日に世界で最も早く被災地入りし、宮城県の仙台市や多賀城市などで行方不明者の捜索活動にあたった。当時、韓国から派遣された救助隊は吹雪が舞い込むテントで寝泊まりし、救助活動に当たったという。総勢107人の韓国隊は12日間被災地で活動し、18人の遺体を発見、収容してくれた。あれから10年、在韓日本大使館は、きょうソウルで「東日本大震災から10年 感謝と復興」という式典を開催し、李隊長に感謝状を贈った。

感謝状を日本大使館から贈られ、スピーチする李さん

李さんは当時を振り返り、「私たちは当時、あらゆることが落ち着いていない災害現場で活動した。日本の皆さんはあの日の苦痛、惨事から立ち直り、復興を遂げるために多くの努力をして困難を克服してきたと思う」と述べ、被災地に思いを寄せた。

関係が悪化しても韓国からの支援を忘れてはならない

そもそも、震災直後の韓国国内はどんなムードだったのだろうか。当時の話を韓国人の友人に聞いてみると、街中には「頑張れ日本」「日本の痛みを分かち合おう」といった日本を応援するメッセージが掲げられ、至る所で募金活動が行われていたという。多くの人が日本のいち早い復興を祈っていたのだ。実際、日本赤十字社に寄せられた韓国からの寄付は、少なくとも29億円を超える。アメリカや前述の台湾などの陰に隠れがちだが、その額は決して少なくない。

震災発生後、韓国国内の至るところで日本を応援するメッセージが掲げられた

慰安婦問題やいわゆる徴用工問題などで、過去最悪と言われている日韓関係。ただ、10年前のあの日、いち早く手を差し伸べてくれた隣国があったことを私たちは忘れてはいけないだろう。
ふるさとの復興を後押ししてくれた韓国の迅速な支援は、被災地出身の筆者にとっては感謝以外の何物でもない。

(執筆:FNNソウル支局 熱海吉和)