街には不良老人がうようよ
本日誕生日である。朝起きたら娘が「パパ60歳おめでとう」と言ってくれた。ついに僕も還暦を迎えたのだ。月末には38年勤めたフジテレビを定年退職する。と言っても今は希望すればほぼ誰でも65歳まで働けるので、おそらくこのままフジテレビで働くことになるだろう。時間に余裕ができたら、大学での講義もさせてもらおうかと思っている。
この記事の画像(8枚)周囲の還暦過ぎの人達を見て驚くのは、60歳をもって働くのをやめて、年金をもらって遊んでいる人が意外に多いことだ。僕の友人の友人の元キャリア官僚は60歳で役所を辞め、毎日パチンコをしている。腕が良く景品を常に取るので、年間収支は黒字だという。彼は年に一度必ず海外旅行をする。
先日、田町の蕎麦屋に寄ったら、平日の昼間なのに酒を飲んでいる人が多い。お銚子を並べている二人組、もりそばにビールの大瓶を頼んだスーツの人、酎ハイを飲んでいる商店主。彼らの共通点は60歳代の男性であること。昼間からみな楽しそうだ。つられて生ビールの小を頼んでしまった。まさに街には「不良老人」がうようよいる。
もちろん親や配偶者の介護、孫の育児に忙しい人もいる。また低年金で生活に不安を抱えている人達にはさらなる配慮が必要だ。
しかし、今の60歳以上の公務員や会社員OBは退職金や個人年金など福利厚生でも恵まれている人が多く、若者からは「逃げ切り組」などと羨望の声も上がる。
司馬遼43冊と旅行三昧のはずが
問題は恵まれすぎた高齢者がまじめに働かないことである。僕の場合は娘が成人するまであと15年は働くことを自分に義務付けている。実は以前は還暦になったら仕事は辞めて、司馬遼太郎の「街道をゆく」をガイドブック代わりに国内外を旅行するという老後プランを立てていた。そのために大好きな司馬遼の「街道をゆく」43巻だけはわざわざ読まずにとっておいたのだが、54歳の時に娘が生まれて人生のデザインが変わってしまった。だから不良老人を批判する資格は僕にはない。
子供が独立し、家のローンも終われば、還暦過ぎてそんなにゴリゴリ働かなくても結構暮らしていけるという人は多い。でも少子化による労働人口の減少は経済成長の最大の阻害要因だ。老人も働かねばならぬ。健康であれば勤労意欲も低いわけではない。彼らを働かせるにはどうしたらいいのか。
年金の給付開始を遅らせるしかない
これはやはり公的年金の給付開始を遅らせるしかない。他国を参考にする場合、僕は英国とドイツを見る。人口規模、政治システム、産業構造、それにたぶん価値観が似ているからだ。米仏は少し違う。人口1000万のスウェーデンなどと比べる人がいるが愚の骨頂だ。さて英独両国の年金給付開始年齢はいずれも今は65歳だがいずれ67歳から68歳に延ばすことを決めている。日本もいずれそうならざるを得ないだろう。
今の日本は給付開始が60歳から65歳に延びる過渡期でそれに合わせて社会システムも変わりつつある。それをさらに2~3年延ばすのは不可能ではない。
ここで1つ大きな問題があって、例えば消費税は10月に10%上げると正式に決まったら、僕も安倍首相も老人も若者もみんな買い物する時に10%の消費税を払う。平等の負担だ。でも年金の場合、今67歳給付にしよう、と決めても実行にはものすごく時間がかかるので、僕は64歳から厚生年金がもらえるし、安倍さんは64歳なのですでに受給資格がある。我々はこれまで通りもらえるのだ。若者は延びる。
つまり60代の我々が良かれと思って給付開始を遅らせても若者には恨まれるだろう。不良老人たちが私達の年金を遅らせたと。だからこの年金給付開始の繰り下げは消費増税以上に政治的には難しい。
ただ還暦になってわかった事は、もし健康ならば働くのは楽しい、というシンプルな事実だ。仕事内容を少し変えて、自分の人生をデザインしなおすのも楽しいのだ。
【執筆:フジテレビ 解説委員 平井文夫】
【イラスト:さいとうひさし】