コロナ禍の有事国会にさっぱり何もわからない最若手議員がデビュー

新型コロナウイルスの感染拡大は、多くの専門家がこれまで懸念を示してきた通りに冬を迎え勢いを増している。振り返れば、去年12月に中国湖北省武漢市で“原因不明の肺炎”として始まった新型コロナウイルスと世界の戦いからちょうど1年となった。

日本の国会もこの1年の議論の中心は常に新型コロナであり、全国民への現金10万円の給付や雇用調整助成金の拡充といった国による直接の助成策をはじめ“国民の命と暮らし、企業の雇用を守るため”の様々な政策が立案・実行された。

閣僚も経験したベテラン国会議員でさえ、「こんな1年は経験したことがない。まさしく有事の1年だった」と強調する今年一年だったのだが…。

「どこで誰が何をやっているのかさっぱりわからない中で国会に飛び込んできました」

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まさにコロナ禍の中に、国会議員デビューを果たした政治家がいた。自民党の深澤陽一衆院議員だ。この議員歴1年未満の自民党“最若手”議員にコロナ対応や自民党総裁選などこの1年の政治を振り返ってもらった。

緊急事態宣言下、自民党では若手不要のベテランのみ少人数精鋭で議論が進んだ

「緊急事態宣言が発令中の選挙活動でした。集会はもちろん、街頭演説は一切人には声をかけない、現実に人を集めることは一切やらない選挙でした。有権者が選挙に行ってくれるのか不安を常に感じていた。」

深澤議員は、自民党の望月義夫元環境相の死去に伴い、今年4月26日に投開票が実施された衆院静岡4区補欠選挙にも望月氏の後継として立候補し初当選を果たした。この補欠選挙は、緊急事態宣言下で、しかも全国の学校の約9割以上が休校し全国的に外出自粛が続く中で行われたのだった。

初登院・5月11日

当選後はじめて国会に足を踏み入れた際には「市政・県政合わせて15年間の経験を生かしていきたい」と、地方議員出身者としての意気込みを語った深澤氏だが、その頃の国会や永田町の風景は思いもよらない状態だったいう。

「(感染症対策として)自民党の中で1つも会議が開かれない。私みたいな新人は(少人数の会議すら)呼ばれないんですよ。どこで誰が何をやっているのかさっぱりわからない中、他の議員の皆さんが様々な政策を打ち出していく姿を見ていました」

この頃、自民党ではいち早く効果的な政策を立案するべく、ベテラン議員を中心に少人数体制で議論が行われ、若手は言わば蚊帳の外という状態が続いていたのだ。こうした中、深澤氏が意外だと感じた点は「国会議員が本当に政策を決めている」ということだった。

「官僚が様々な政策を決めて、その決定の段階あるいは修正の段階で国会議員が関わっていくことがスタンダードだと思っていたんです。でも実際は、国会議員が政策を決め予算を考え、そして官僚を巻き込んでいく。これは本当に(国会議員の)責任は重いなと感じました」

確かに日本の政治では、政策立案は官僚が主導し政治家はそれを審査し修正するという役割の傾向が指摘されてきたが、この1年のコロナ禍という緊急事態においては、官僚の積み上げ型の政策より、政治家が主導して政策を提案し決断する機会が増えたという面もあるのかもしれない。

突然の自民党総裁選挙。岸田さんより菅総理の方が魅力が勝っただけのこと

また深澤氏は、コロナ禍の国会とともに、自民党所属議員として総裁選挙という大きな政局も経験した。しかも、深澤氏が所属した派閥は、総裁候補として選挙に臨んだ岸田前政調会長が率いる岸田派だった。

「(総裁選)当時は議員になってから4カ月程度なんで、岸田会長のことをまだそこまで理解したわけではありませんでした」

岸田派の一員としてまだ日が浅いことを実感しながらも、総裁候補を擁立した派閥ならではの高揚感を感じたという。

「安倍総理が8月28日に辞任表明をされたときは、私も政治の世界に入って日が浅いですけど、間違いなくあの日には岸田会長が総裁になる確率が高かったと思うんです」

しかし結果として総裁選は序盤から終盤まで当時官房長官だった菅首相の優勢が続き、岸田氏は敗れた。その要因を尋ねると、派閥の“新参者”ならではの冷静な答えが返ってきた。

「この人は魅力があると、この人に託したいと一票を投じることがどんな選挙でも当たりまえのことですので、これはシンプルに岸田会長よりも菅総理の方がその部分が勝ったと、私はそう捉えています

最若手議員の来年の抱負は東京五輪を成功させること

年明けも引き続き新型コロナとの戦いは続く中、キャリア上の“最若手”国会議員として何に注力したいかと尋ねたところ、「個人的にスポーツが好きなんで」と前置きをしつつも「東京オリンピック・パラリンピックは絶対にやるべきだと思っています」と力強い返答が返ってきた。

「スポーツはやってみないと成果が見えない。ラグビーワールドカップもやる前は散々言われていました、ラグビーなんて日本じゃ見ないよと。けれども実際やってみたら、ほぼ100%近いチケットの完売ですし、あれだけ感動を与えて色々なことができた。だから東京オリンピック・パラリンピックもやってみないと成果は出ない。そしてやってみたとき世の中のプラスになるものが必ず残ると私は思っています。でずから国会議員として全力で関わっていきたい」

コロナの感染拡大が続く中、深澤議員の願い通り東京オリンピック・パラリンピックが開催できるかどうか、年明けの状況と政府の対策がそのカギを握っている。

(フジテレビ政治部 福井慶仁)