来年4月から小中学校で始まる“1人1台端末”授業。しかしいま教育関係者の間で囁かれているのが「全国約3万校で一斉に端末を使い始めたらネット回線は大丈夫か」だ。

コロナ禍を受け文部科学省では1人1台端末に向けた準備を急ピッチで進めているが、果たしてこの懸念は現実のものとなってしまうのか?「ポストコロナの学びのニューノーマル」第30回は、小中学校のネット環境整備の状況を取材した。

半数の自治体は“ボトルネック”が生じやすい

「秋ごろから『学校のネット接続は大丈夫なのか?』という話が聞こえ始め、特に指摘されていたのが『ネット回線に“ボトルネック”が生じやすいのでは』という点でした」

こう語るのは文部科学省のGIGAスクール構想担当者だ。

「校内LANは高速大容量でも耐えられるように、各自治体で原則10ギガ以上の通信可能な配線が整備されていて、来年4月までに97~8%完了します。しかしインターネットとの接続にはまだ十分に手が回っていないと自治体の声が聞こえていました」

そこで文科省では10月、小中学校のネット環境の整備状況について各自治体に調査を行った。インターネットとの接続方式は、各学校がインターネットに直接繋げる「ローカルブレイクアウト」(※)と学校回線を地域の一カ所に集約する「センター集約型」の2つがあるが、「一般的にセンター集約型はボトルネックが生じやすい」(文科省担当者)という。

(※)従来のネットワークを残したまま、学習用通信を直接インターネットに接続

しかし調査の結果、現在約1800ある自治体のうち921、つまり半数以上がセンター集約型となっていることがわかった。

さらに調査ではセンター集約型のうち、「通信速度が担保できる」といわれる1ギガ以上の回線を設置している自治体は2割程度にすぎないことも明らかになった。

また今後ネット接続の増強を予定しているのは4分の3で、残り4分の1は「増強予定無し」と回答した。

「増強予定の無い自治体が充分スピードが確保できているのならよいのですが、中には1ギガ以下でも増強予定が無い自治体もあります。こうした自治体では学校で子どもたちの端末が動かない可能性もあるということです」(文科省担当者)

ボトルネックが生じやすいセンター集約型を採用する自治体が多いのは、「セキュリティ上の理由」があるためだ。

学校のシステムは校務支援と学習用に大きく分けられる。子どもの成績など個人情報を扱う校務支援システムは、一元的なセキュリティ確保のためセンターに集約している。一方学習用システムは個人情報を扱わない運用が多いので、子どもの端末から直接インターネットに接続しても支障がない。

しかし自治体では校務支援システムに合わせて、学習用システムやネット接続もセンター集約にしていることが多いのだ。

埼玉県戸田市はセンター集約型を採用

こうした中、“ネットダウン寸前”を経験したうえで、センター集約型を選んだ自治体がある。

埼玉県戸田市は全国に先駆けて小中学校で端末の整備を行ってきた自治体の1つだ。

戸田市では小中学校全18校に対して2018年小学校に2千台、2019年に中学校に1千80台の端末を導入し既に授業などで運用している。さらに今年度中には7千680台を導入し、これで1人1台端末がほぼ完成する予定だ。

しかしコロナ禍で端末の利用量が上がり始め、今年夏頃から学校側より「ネットが遅い、重い」といった苦情が入り始めた。戸田市教育委員会でGIGAスクール構想を担当する榎本好伸氏は当時の様子をこう語る。

「ネットが重くなった主な原因は、回線の利用量が徐々に増大しプロバイダー側で回線が自動的に絞られてしまうことにありました。そこで11月に品質の高い1社占有型の光回線を設け回線を2本に増やしたのです。また通信経路や様々な設定についても業者さん達と細かく調整しました」

戸田市教育委の榎本氏(左下)「センター集約で一元的なセキュリティ対策が可能」
戸田市教育委の榎本氏(左下)「センター集約で一元的なセキュリティ対策が可能」
この記事の画像(4枚)

戸田市ではセンター集約型を採用しているが、その理由を榎本氏はこう語る。

「ローカルブレイクアウトも検討しましたが、利用するコンテンツと児童生徒数からセンター集約が望ましいと判断しました。センター集約によって一元的にセキュリティ対策が行え、トラフィック監視も行いやすくなり、さらに費用が安価となります。今後は状況を見ながら回線を増やすなど適時対応していくことが重要と考えています」

来年度に向けて戸田市は1ギガの回線1本を増設することも視野に準備を進め、利用量の増加にも柔軟に対応できる体制を整えているという。

戸田市資料より
戸田市資料より

宮崎市はローカルブレイクアウトを選択

一方ローカルブレイクアウトを積極的に選択した自治体もある。

宮崎県宮崎市ではエドテックや経済産業省と組んで、2019年秋頃から教育にICTを活用したいと議論が進んでいた。宮崎市のICTアドバイザーで、AI型タブレット教材の開発者である神野元基氏はこう語る。

「いくつかの自治体では不登校や発達障がいの子どもを支援する部署が中心となってICTを積極的に活用しようという動きがあります。宮崎市でもGIGAスクール構想の前から教育情報研修センターがICT活用を検討していて、ネットワークの構築にもセンターの人達が積極的に参加していました」

宮崎市のICTアドバイザーの神野氏「宮崎市は一斉に止まることを避けたかった」
宮崎市のICTアドバイザーの神野氏「宮崎市は一斉に止まることを避けたかった」

そこにGIGAスクール構想の導入が決まり1人1台端末に向けて動き出したのだが、ネット接続について宮崎市はローカルブレイクアウトを選択した。

「今年の3月頃にはローカルブレイクアウトを選択して動き出しました。自治体の中でも早かったと思います。その理由は各校がネット接続を確保することで、全市が一斉に止まることを避けたいのがありました。またセキュリティに関しては1校ずつセキュリティをかけるというやりかたで乗り越えていけると考えました」(神野氏)

学校のネット環境整備は国と地域で

基本的にインターネット回線利用料は国からの補助事業ではなく、各自治体が地方財政措置を活用して負担することになっている。文科省担当者は「学校のネット接続方法は最終的に自治体判断になる」と語る。

「GIGAスクール構想は当初4年間かけてやっていこうとしていましたが、新型コロナによって1年間で端末とネットワーク整備を一気呵成にやっています。インターネット接続の部分は最終的には各自治体で判断し手当してもらうのですが、文科省でも教育現場の動きをしっかり追いかけながら不測の事態に対応できるように考えていくつもりです」

来年4月には全国1800の自治体で、小中学3万校がネットに接続することになる。学校の安全安心なネット環境づくりは地域社会全体で取り組むべき課題だ。同時に子どもたちの学びを止めないために、政府は一丸となって学校のネットインフラ整備を支援するべきである。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。