政府は少人数学級を実現させるため、2025年度までに小学校の1学級の定員を現在の40人から35人以下に引き下げることを決めた。少人数学級を巡る来年度予算折衝では文部科学省が「きめ細やかな教育」のため30人学級を求めていた一方、財務省は「学力への影響は限定的」と一貫して反対していた。「ポストコロナの学びのニューノーマル」第29回では、約40年ぶりとなる学級の生徒数引き下げについて今後の課題を解説する。
「授業の濃さや生徒への関わりが変わってくる」
「大臣は公立小中学校の30人学級についてどうお考えですか?」
菅政権が発足してから約1ヶ月が過ぎた今年10月15日、FNNの単独インタビューの中で筆者が訊ねると、萩生田文科相は少人数学級実現への意欲を強調した。
「学者さんの中には『少人数化しても子どもの学力には関係ない』という方もいらっしゃいますが、限られた時間の中で1人の先生が5人に対して教えるのか、20人に対して教えるのかは全く違ってくると思います。授業の濃さや関わりが変わってきますし、さらに今回整備するICTとあいまると少人数の良さを必ず発揮できると思っていますので、この機会に30人ということになれば、それを目標にやっていきたいと思っています」
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この記事の画像(4枚)教育現場「40人学級では先生の指導が行き届かない」
そして1ヶ月後の11月11日、萩生田氏はBSフジの「プライムニュース」で「30人学級を目指すべきだ」と30人という目標を初めて公言し、これが文科省と財務省の少人数学級を巡る攻防のスタートとなった。
そもそも教育現場からは、「日本語の指導が必要な外国籍の子どもやスペシャルニーズの子どもが増える中、40人学級では先生の指導が行き届かない」との声が上がっていた。さらに新型コロナウイルスの感染対策や来年度から1人1台端末による授業が始まることで、少人数化の実現は待ったなしだったのだ。
一方財政負担増に難色を示す財務省は「今後益々少子化が進む中そもそも教員増は必要か」「少人数化の学力向上への効果は限定的だ」と反対し、「子ども1人1人によりきめ細やかな教育」を求める文科省と議論は平行線となった。
萩生田氏「隣の建物(財務省)の壁は高かった」
結局両者の“間”を取るかたちで「小学校のみ段階的に5年間で35人学級を実現」で予算折衝は決着した。1980年度に45人から40人に引き下げて以来、学級の上限引き下げは約40年ぶりだ(小学校1年は2011年度に引き下げ済み)。これをうけ来年の通常国会に学級の上限人数を定めた義務標準法の改正案が提出されることになる。
17日の会見で萩生田氏は、「率直に申し上げて隣の建物(財務省)の壁は高かったな」と財務省との折衝を振り返ったうえで、あらためて少人数学級にかける意気込みを語った。
「GIGAスクールとあいまって、一人一人の先生ができるだけ児童生徒と向き合う時間を増やすことができる新たな教育がスタートすると思います。誰1人取り残さないという大きなテーマに向かって、機動的な授業を展開しながら子どもたちの学力アップにも繋がってくと信じております」
今回は小学校の少人数化のみとなったが、萩生田氏は「中学校も必要性に全く変更は無い」としたうえで、今後について「決してこれで終わりではなく、第2ステージに向けて引き続き努力していきたい。まずは35人学級を充実したものにして、教員の皆さんの働き方も変えながら5年間でしっかり検証し必要に応じてさらなる改善改革を進めていきたい」と語った。
少人数化の先駆け秋田県は全国学力上位
少人数化による”効果”について先行事例を振り返ってみる。
少人数学級を全国に先駆けて行った秋田県は、2001年から公立小中学校で30人学級を推進してきた。秋田県は現在「全国学力・学習状況調査」の平均正答率で上位となっているほか、子どもの自己肯定感や先生との信頼関係も全国平均を大きく上回っている。
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同じく少人数学級の先進県である山形県は、2002年度から33人以下の少人数学級を小学校で導入した。開始当初の3年間、全国標準学力検査の平均スコアが導入前に比べて向上し、その後もその水準を維持したという。当時の担当者は「学力は全体的にはそこそこ良かったくらいだったが、不登校児童数と欠席率は導入後大きく減った」と語っている。
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教員の数と質が担保されるか不安視する声がある
今後少人数学級を導入すると、まず課題となるのが教員数の確保だ。
現在全国の小学校の総学級数は約21万9千。そのうち35人以上の学級数は、全体の約8%、約1万8千学級だ。これらの約6割は、東京、埼玉、愛知、神奈川、大阪の5都府県に集中している。
文科省が公表した引き下げに伴う教職員定数の改善数は約1万4千人だが、教員志望者の減少と競争率の低下傾向が続く中、今後教員の質が担保されるのか不安視する声がある。
教育財政学を専門とする日本大学文理学部の末冨芳教授は、「小学校35人学級の実現で都市部を中心に教員が不足しやすい状況になる」と懸念を示したうえで、「各地域にいる多様な人材を教員登用し、いかに学校で活躍してもらうかが重要だ」と語る。
教員免許法改正で専門性ある多様な人材確保を
その打開策として求められているのが教員免許法の改正だ。現在教員免許状を取得するためには、教職課程のある大学等に入学し卒業する必要がある。しかし今年度から小学校でプログラミング授業が始まるなど、学校現場ではより専門性が高く多様な人材が必要となっている。こうしたニーズを反映するため1988年に創設されたのが特別免許状だったが、これまで運用がうまくいかず期待されたほどの効果が上がってこなかった。
これについて末冨氏は「特別免許状の運用権限を、都道府県から政令指定都市や中核市に下ろす」ことを提言する。
「地域人材や退職した教員、学習支援団体の職員らに、教員がこれまで抱え込んできた虐待などの課題解決や調整事を分担してもらうのです。外国語やプログラミング専科教員の採用なども重要です。働き方にゆとりが生まれれば、教員自身のスキルアップや若手教員の育成指導も加速するはずです」
少人数化でブラック職場の改善が期待
少人数学級を推進すれば、ブラック職場と言われてきた教員の働き方改革も期待される。
「本来あった教員の魅力を取り戻せる自治体とそうでない自治体の間で、教員の確保に差がでてくるでしょう。文科省はよい意味での自治体間の競争を促すとともに、成功した自治体の取り組みを横展開することにも取り組む必要があります」
少人数学級の実現には、教員の数と質の確保がマストである。
そのためにも多様で専門性の高い人材を学校に採用するための教員免許法の改正、そして教員の働き方改革が文科省と教育現場に求められる。
【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】