2021年度予算折衝が大詰めの中、教育関係者が注目するのが小中学校の少人数学級導入が実現するかどうかだ。現在の1学級最大40人では子どもにきめ細かい指導ができないとの教育現場の声があり、さらにコロナ禍で教室内が密となることも問題視されている。一方で少人数学級が学力向上につながるか疑問視する意見もある。「ポストコロナの学びのニューノーマル」第27回では19年前から少人数学級を導入している秋田県を取材した。

”少人数”のきっかけは学級崩壊の予兆だった

「当時の教育長が小学校を訪問した際に、先生が授業している最中に立ち歩いている児童が複数いて、『このままではしっかりとした授業が出来ない』と危機感を覚えて少人数学級を進めたという話は伺ったことがあります」

秋田県が「少人数学習推進事業」、いわゆる少人数学級を始めたのは2001年4月。いまから19年以上前だ。当時の教育長が学級崩壊につながりかねない兆しを目の当たりにしたのが、秋田県が全国に先駆けて少人数学級を始めたきっかけだった。

当時の狙いについて秋田県教育委員会の中山恭幸義務教育課長はこう語る。

「当時の学級定員数は40人でしたが、それでは子どもたち1人1人にしっかりと学習させることが出来ない場合もあります。特に小学校1・2年生は生活・学習習慣をしっかりと身につけさせて安定した学習指導を行う必要があると考え、少人数学習推進事業を始めたそうです」

秋田県教育委員会のメンバー(左前が中山恭幸義務教育課長)
秋田県教育委員会のメンバー(左前が中山恭幸義務教育課長)
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19年間、118億円かけて少人数学級を推進

当時秋田県の小中学校の約3割は1学級あたり30人を上回っていた。そこで秋田県は30人程度の学級編制を目標に、学級増とそれに応じた常勤・非常勤講師の採用を行った。

「当初は校舎に空き教室がないために学級増ができないという学校もあったそうです。また理科室や図工室など特別教室を便宜的に変えて、対応した学校もあると聞いています」(中山課長)

少人数学級化は2001年に小学校1・2年生で開始し、翌年には中学校1年生で開始。その後2011年に小学3年、12年に小学4年、15年に中学2年、16年に中学3年、17年に小学5年、18年に小学6年を少人数学級にした。2019年度までの19年間における少人数学習推進事業に投じた予算は累計118億6千万円。

2020年度の秋田県の1学級あたりの平均児童生徒数は、小学校23.6人、中学校26.7人。東京都の公立では小学校29.3人、中学校31.4人だ。

秋田県では2001年から少人数学級を導入した
秋田県では2001年から少人数学級を導入した

「きめ細かい指導ができる」「心にゆとりが」

少人数学級を開始して1年後の2002年に教員と保護者を対象に行われたアンケート調査では、少人数学級を肯定する多くの声が寄せられた。

教員からは指導について「子どもの個人差や実態に応じた指導がとても行いやすくなった」、「子どもの学習状況、理解度が把握しやすくなり指導をきめ細かくできる」「心にゆとりが生まれた」という意見があった。

子どもたちの変化については「授業の時のルールを守れるようになってきた」「1人1人が学級の中で存在感が生まれ、自信を持てるようになった」「教室が落ち着いた雰囲気になり、思いやりを持った行動が増えてきた」という声が教員からあがった。

保護者からは「1人1人の子どもたちによく目を行き届かせて、手をかけられていると感じる」「授業中子どもたち1人1人が発表し、活躍の場が見られるようになった」という意見や、「先生と保護者の関わりが増えているように思う」「先生の子どもへの声かけやノート指導が丁寧になり、家庭学習の充実につながっている」という声もあった。

「人数が少ないほど学力が上がるのは当然の結果」

いま来年度からの少人数学級実現に向け文科省と財務省の予算折衝が行われているが、議論の中で必ず出てくるのが「少人数学級に学力向上の効果があるのか」だ。

文科省が実施している全国学力・学習状況調査では、2019年度の都道府県別平均正答率で、秋田県は小学校の国語で1位、算数で2位。中学校では国語で1位、数学は2位、英語も上位となっている。

これについて中山氏は、「私たちは研究者を入れてデータ分析をしているわけではありません」としながらもこう説明した。

「県内で学級規模毎の平均正答率を比較すると、2018年度では10人から20人学級が66.1%、21から30人が65.3%、31から40人が64.7%と、少人数学級ほど正答率が高い結果が出ています。一般的に考えられるのは人数が少なければ少ないほど、先生たちが子ども1人にかける時間が充分取れますし細かいこともできる。ですから学力が上がるのは当然の結果だと思います」

秋田県における少人数学級の推進に関する考察データより
秋田県における少人数学級の推進に関する考察データより

実は秋田県では2013年度時点で10人から20人学級と31から40人学級の平均正答率に4ポイントの差があった。しかし秋田県では大規模の学級にティーム・ティーチング(※)ができるよう講師を配置し、学級の規模による学力格差を縮める努力もしている。

(※)複数の教職員がチームを組んで指導にあたる授業形態

ティーム・ティーチングによる算数の授業(小学校4年生)
ティーム・ティーチングによる算数の授業(小学校4年生)

子どもは授業中の発表や話し合いが増える

しかし中山氏が胸を張るのは、子どもの学習に対する姿勢や授業の理解度だ。全国学力・学習状況調査の児童生徒へのアンケートでは次のような結果が出ている。

「秋田県の子どもたちは全国と比較しても、『国語の学習は好きですか』『算数の学習が好きですか』の質問に、『好き』と答えた割合は国語で77.3%と13.1ポイント高く、算数で76.1%と7.5ポイント高くなっています。また授業内容についても国語では90.5%が『よく分かる』と答え(全国は84.9%)、算数は88.4%がよく分かると答えています(全国83.5%)」

また授業づくりの面でも、「自分の考えを発表する機会が与えられている」という質問に、秋田は92.7%が「与えられている」と答え(全国84.7%)、「話し合う活動をよく行っている」でも93.2%が「行っている」と答えている(全国84.5%)。

「学習指導要領の中でいわれている“主体的・対話的で深い学び”の視点からみて、少人数になると子どもの1人当たりの活動も増えますので、自分の考えを発表する機会や子ども同士話し合う場面が増えます。また先生たちも子どもの見取りがしやすくなるので、この2つの数字の伸び率は全国に比べて秋田県の方が高くなっています」(中山氏)

国語の授業でグループによる意見交換(小学校5年生)
国語の授業でグループによる意見交換(小学校5年生)

子どもの自己肯定感で全国平均を大きく上回る

子どもの自己肯定感や先生との信頼関係においても、秋田は全国平均を大きく上回っている(※)。

「自分にはよいところがあると思う」は秋田県が89.2%(全国81.2%)、「将来の夢や目標を持っている」が91.4%(全国83.8%)。

「先生はあなたのよいところを認めてくれている」が秋田県93.4%(全国86.1%)、「先生は分かるまで教えてくれる」が秋田県96.0%(全国91.7%)といずれも全国平均を上回った。

(※)アンケート結果の数値は、「当てはまる、または、どちらかと言えば当てはまる」と肯定的な回答をした児童の割合の合計

この理由を中山氏はこう考える。

「やはり先生たちに大事にされながら授業を受けていると、自分には良いところがある、頑張れるんだという気持ちや、その延長上で夢や目標を持つことができる。それは先生があなたの良いところを認めてくれているとか、わかるまで教えてくれているという安心感から生まれてきていると思っていますが、こういうことはなかなか財務省には伝わらないのではないでしょか」

少人数学級は不登校やいじめ問題にも影響か

教員が子ども1人1人の状況に目を向けやすいという環境は、不登校やいじめ問題にも影響を与えているようだ。

文科省の調査によると(※)、1000人当たりの不登校児童生徒数は、小学校で秋田県は5.8人(全国8.3人)、中学校は31.8人(全国39.4人)、1000人当たりの増加数は小学校1.0人(全国1.3人)、中学校0.5人(全国2.9人)と総数、増加数いずれも全国平均を下回る。

またいじめに関しても、「県として小中学校ともに9割を超える解消が見られています」(中山氏)ということだ。

(※)「令和元年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」

少人数学級になれば、先生の事務の分量が減り、その分の時間を子どもたちに還元できる。

たとえば子どもたちのやる気を起こすような手立てを考えたり、スペシャルニーズの子どもにもより多くの時間で向き合うことができるはずだ。

学校現場を取材に行くと、どの学校でも「もっと先生を増やして欲しい」「40人を見るのは難しい」という声が聞かれる。さらに1人1台端末が導入され、子ども1人1人に最適化した教育がこれまで以上に求められる。

子どもに投資しない国は滅びる。政府はいまこそ少人数学級の可能性に目を向けるべきではないか。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。