私たちの心臓は24時間365日、体内で活動し続けている。全身に血液を送るポンプの役割を果たす最も重要な臓器の一つだが、ドクッドクッという音を誰かの胸に耳をあてて聞いたこともあるだろう。

そんな心臓の音を世界中から集めている美術館が、日本にあることをご存じだろうか

世界中の心臓音を保管する「心臓音のアーカイブ」

それが、香川・土庄町の豊島にある「心臓音のアーカイブ」という施設。世界中から集めた人間の心臓音を聴けるほか、自分の心臓音も残せるという。

「心臓音のアーカイブ」の外観(提供:古性のちさん)
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豊島に心臓の音を保存しにいってきました。「生きた証」として心臓音をアーカイブするプロジェクトで、世界中の人から蒐集した心臓音を恒久的に保存し美術館内で聴くことができます。名前しか知らない誰かの心臓音に包まれる感覚不思議だった…自分の心臓音は収録してブックレットとして持ち帰る事も

現地に訪れた、写真家・古性のちさんが、11月末にTwitterアカウント(@nocci_95)でこのようにつぶやいたことで、1万3000以上(12月2日現在)のいいねを集めるなど、注目された。

自分の心臓音はブックレットとして持ち帰れる(提供:古性のちさん)

他のTwitterユーザーからは「名前と場所しか分からない誰かの心音はたしかにイケナイ音を聞いているかのよう」などの反応も寄せられているが、その展示内容も気になるところ。

著名人の心臓音も残されているというが、心臓音はどのように記録され、聞こえる音などに違いはあるのだろうか。心臓音のアーカイブを運営する公益財団法人の福武財団に聞いてみた。
 

心臓音は人々の「生きた証」

ーー「心臓音のアーカイブ」ではどんな体験ができる?

本作の作家、フランス出身のクリスチャン・ボルタンスキーは人々の生きた証として、心臓の音を収集するプロジェクトを2008年より展開しています。それらを恒久的に保存していく場所が「心臓音のアーカイブ」です。施設内には、インスタレーションが展示されている「ハートルーム」、希望者の心臓音を採録する「レコーディングルーム」、世界中から集められた心臓音をパソコンで検索して聴ける「リスニングルーム」の3つの部屋で構成されています。

採録された心臓音は自身のメッセージとともにアーカイブ化され、作品の一部となります。鑑賞だけでなく、自身も作品に参加できるのが特徴の一つです。

心臓音のアーカイブ「ハートルーム」(写真:久家靖秀)

ーープロジェクトの目的は?何を表現している?

「遠く離れた地に、世界中の人の心臓音を聴くことができる『図書館』をつくる」というコンセプトのもと、生まれました。ボルタンスキーは、多彩な表現方法で「生と死」をテーマに扱い、作品を制作してきましたが、この「心臓音のアーカイブ」もそのテーマを掲げています。

自分の心臓音も作品の一部に

ーー心臓音の採録はどのように行われる?

小さい個室にキーボードとデスクトップパソコン、ヘッドホンと聴診器のようなマイクが用意された「レコーディングルーム」で、お客様ご自身で採録していただきます。流れとしては、スタッフから説明を受けたのち、アルファベットでお名前、日本語か英語でメッセージをご入力いただき、ヘッドホンをつけて、マイクを胸に直接当ててご自身の心臓音を探していただき、採録を行います。

心臓音の採録は、アーカイブとして残すことが条件となっております。ご出身の国を入力するところはなく、アーカイブに残るのは、登録した場所の国と施設名となります。

ーー採録したものはどのように受け取れるの?

識別用のご登録番号とともに、芳名帳にサインをいただき、ご自身の心臓音をCDに焼いて、オリジナルブックレットと一緒にお渡ししています。採録が完了しますと、「リスニングルーム」という部屋ですぐに聴くこともできます。

心臓音のアーカイブ「リスニングルーム」(写真:久家靖秀)

ーー保管されている心臓音はどれくらい?

11月30日現在、日本を含む世界の約20カ国で採録された、約7万3850人分の心臓音が保管されています。このうち、豊島では4万1750人分の心臓音が採録されました。

ーー人によって心臓音に違いはあるの?

1人1人異なっています。実際にご自身の心臓音を聴いてみると、速かった、音が大きかった、など驚かれたりする人も多いです。以前、地元の児童が訪れたときには「ドクッドクッドクっていう音」と感想を話してくれたこともありました。また、お客さまの中には海辺を走ってきてから録音をした方もいらっしゃいます。

心臓音のアーカイブ(写真:久家靖秀)

亡くなった夫の「音」を聴きに訪れた人も

ーー人々は何を求めて、この施設に訪れる?

皆さまそれぞれですが、「前回来たときに登録したので、その時の自分の心臓音を聴きに来ました」「自分の生きた証を作品の一部としてここに遺していきたい」などの理由があります。

具体的なエピソードですと、2010年にパリで行われた展覧会で録音された旦那さまの心臓音を聴きに、フランスからご家族で訪れた女性がいました。3カ月前に旦那さまが亡くなったそうで、涙を流しながら、生きていた旦那さまの心臓音を聴いていらっしゃいました。女性は「彼はここにいる」とご自身の心臓音も録音され、今はご夫婦の心臓音がここに残っています。

また、ご夫婦で訪問のたびに録音し、「先に亡くなったら墓標のようにお互い訪れようと話している」とおしゃってくださったお客さまもいます。このほか、2019年に大阪・東京・長崎で行われたボルタンスキーの回顧展をご覧になられた方もお越しになっています。

ーー海外のアーティストがなぜ、ここを保管場所に選んだ?

ボルタンスキーは「巡礼」の意味を込めて、美術館の場所に豊島を選びました。「心臓音のアーカイブ」につながる王子が浜は、豊島の唐櫃港から歩いて15分ほどの距離にあり、飛行機や船を乗り継いだうえに、さらにこの距離を歩かなければたどり着くことができません。この長い道のりと、道中に生まれる思索の時間が重要だと考えたようです。

ボルタンスキーは、豊島に「ささやきの森」という作品も作っています。森の中に無数の風鈴をつるして、自分の大切な人の名前を書いた短冊を残せるインスタレーションです。

クリスチャン・ボルタンスキー「ささやきの森」(写真:市川靖史)

ーーネットで注目を集めたことをどう思う?

SNSでは他の方もご自身の体験を発信してくださったり、ここでの体験をご共有いただいているので、とてもうれしく思います。

ーー読者に呼びかけたいことはある?

世界中から集められた、人々の生きた証を聴きに、またご自身の生きた証を残しに、ぜひ豊島の「心臓音のアーカイブ」にお越しください。

心臓音を集めるという不思議な施設は、人々の生きた証を残すことができるだけではなく、その証を振り返ることができる場所だった。日本で採録できる場所は、現在はこの場所だけということなので、コロナ禍が落ち着いたら、自分の鼓動を残しに訪れてもいいかもしれない。

心臓音のアーカイブは、鑑賞料(入場料)が520円(15歳以下無料)、登録料(CDブックレット付)が1570円となる。