パンダなどの動物や中国の民話・風俗などをモチーフにした版画で、中国でも人気の高い版画家・丁未堂さん。中国の伝統文化を丁未堂流にアレンジし日本的な可愛さを加えたことで、1980年代以降生まれの若者の心をつかんだ。背景にある中国人の意識の変化とは?

“見たことない”に惹かれて…中国の木版画って?

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妙にリアルな顔の子供が、大きな魚を抱いている絵。年画といって中国のお正月・春節に飾る版画です。

門画といって、対になった飾りも版画の一種。家の門に貼ったりします。

こうした伝統的な装飾品は印刷技術が発展する前、全て版画でした。今も中国人の生活に溶け込んでいて、とても身近なものです。

丁未堂さんは幼い頃、日本でこの年画に出会い、衝撃を受けました。全く可愛くない子供の絵、軍服を来た人のバレエ…。

「見たことのないものばかり。衝撃でした。忘れられない体験ですね」

日中国交正常化を受け、パンダが上野に来るなど中国ブームの最中でした。年画から始まって中国の木版画に触れ、次第に自分も作ってみたくなったと言います。

その思いが募り、中国美術の名門校、中央美術学院に留学しました。

ところが…。

「もうケチョンケチョンでしたね」

大きな作品や、派手な色合いが好まれる中国。

「何で小さな作品ばかり作るの?」
「何故、地味な色ばかり使うの?」

芸術感覚や色彩感覚の違いに悩まされました。制作に取り組むうち、次第に自分の中の「譲れない部分」に目覚めました。

丁未堂スタイルの確立です。

中国伝統に日本の可愛さプラス…80年代生まれが熱烈支持

カラフルな色と愛らしい図案。愛嬌のある表情のパンダ。中国と日本の風情が混じり合い、独特の魅力を生みだしています。

しかし、最初は北京在住外国人のオファーばかり。中国で声がかかるようになったのは、ここ4,5年といいます。

なぜ今、中国で丁未堂さんの版画が人気なのでしょうか。

……年配の方には懐かしさ。
……若い人には、中国にこんな可愛いものがあるのだという再発見。

こんな感覚があるようです。

1960年代半ばから約10年続いた文化大革命。多くの伝統文化が迫害を受け、断ち切られました。伝統版画もその一つです。

古き良き時代の文化を失って初めて、その大切さに気付いたのでした。丁未堂さんの作品を通じて、古き良き時代の趣きが再発見されているのです。

「余計なことは言わない」…相手の立場を尊重し付き合う

偶然が重なって、丁未堂さんは中国での生活が20年となりました。かつて中国では「外国人はスパイ」でした。警戒感が強く、簡単には心を開いてもらえなかったと振り返ります。

「個人である前に日本人と思われた。だから10年以上友だちはいなかったです」

でも「80後」(1980年代生まれ)の多くに、こうした警戒感はない。話があえば友達になれるようになったと感じています。

それでも外国人の壁は残ると言います。

中国は多民族国家であり政治体制も大きく違う。中国人が抱える政治の悩みに、外国人が入り込む余地はない。
だから、こう考えるのです。

「余計なことは言わない」
「いかなるお付き合いでも、相手の立場を尊重する」

お互いの立場を尊重し、違いを受け入れる寛容さを持つ。作品からにじみ出る優しさ。これが国、民族、言語を越えて、伝わるのです。

鴨下ひろみ
鴨下ひろみ

「小さな声に耳を傾ける」 大きな声にかき消されがちな「小さな声」の中から、等身大の現実を少しでも伝えられたらと考えています。見方を変えたら世界も変わる、そのきっかけになれたら嬉しいです。
フジテレビ客員解説委員。甲南女子大学准教授。香港、ソウル、北京で長年にわたり取材。北朝鮮取材は10回超。顔は似ていても考え方は全く違う東アジアから、日本を見つめ直す日々です。大学では中国・朝鮮半島情勢やメディア事情などの講義に加え、「韓流」についても研究中です。