大河ドラマ化が決定し、地元・高知でも盛り上がる「ジョン万次郎」。波乱万丈な生涯や数々の偉業は広く知られているが、彼がどのような「素顔」を持っていたのかをご存じだろうか。
先日、万次郎の直系5代目子孫である中濱京さんをゲストに迎えた講演会が開かれた。
土佐経済同友会が企画したイベントには約300人が集まり、熱心に耳を傾けた。
「けちな万次郎」の真相とその人柄
中濱さんが披露したエピソードの一つが、現在も東京・浅草にあるウナギ屋での逸話だ。
万次郎は勝海舟とともにこの店によく通っていたというが、外食をした際は必ず残したものを持ち帰っていたという。
店の人からは「けちな万次郎」と誤解されていたそうだが、実はそこには彼の思いやりが隠されていた。持ち帰った残り物を、貧しい人たちに配っていたのである。
幕府の高官や大名に呼ばれれば臆することなくアメリカの事情を説明し、同時に貧しい人々とも親しく付き合う。
人に上下をつけないそのフラットな人柄は、アメリカという異国で揉まれ、多様な価値観を学んで帰国した万次郎ならではの魅力だ。
「ワタ」「シタキ」って何?
また、講演では万次郎が得意の英語を生かして執筆した、英会話のベストセラーについても触れられた。
中濱さんが「万次郎が『ワタ』と読み方を書いたのは、一体何かおわかりでしょうか?」と問いかけると、参加者からはすぐに「水」という声が上がった。早口で「ワタ」と言えば、確かに「ウォーター」に聞こえる。
では、「シタキ」は何だろうか。
早口で繰り返すと「ストッキング」になるという。
当時は日本にストッキングという概念がなかったため、万次郎が「足袋」と訳したというエピソードも、彼の柔軟な発想を物語っている。
現代に響く、相手を尊重する「心のこもった会話」
高知市から訪れた参加者は「高知にこんな人がいたんだと改めて感動しました。もっと知ってみたいなと思うきっかけになった。人に上下がないという気持ちはもともとあったのでしょうが、アメリカでも学ばれて、帰ってきても持ち続けたのは素晴らしい」と話す。
講演後の取材に対して中濱さんは次のように語った。
「今は機械を通して話すような世界だが、生で人間同士の心のこもった、相手を尊重するような会話が増えていけば、もっと過ごしやすい心温まる人間関係ができるのではないか」
訪れた人々は、万次郎の温かい人柄と、時を越えて受け継がれるその精神に深く思いを寄せていた。
