お客との距離の近さや屋外ならではの開放感が魅力の屋台営業。これまで新潟県内では馴染みのないものだったが、屋台の楽しさを広めていきたいと一人の男性が奮闘している。店長の一日に密着した。
■新潟駅の近くに“屋台”!?
香ばしい香りと楽しげな会話が広がる新潟市中央区の石宮公園。新潟駅からほど近いこの場所に、なにやら見慣れない光景が。
26年6月に新潟市内で屋台営業を始めたのが『やきとり五十嵐さん』だ。
かつて、新潟では馴染みのなかった屋台だが、営業を実現させた背景には、粘り強く行動し続ける店長の熱い思いがあった。
■店長の一日スタート!屋台を始めた理由は「0次会で行きたかったから」
最高気温30℃以上となった8月7日の新潟市中央区。
午前9時、普段プライベートでも使っているという軽自動車で登場した、やきとり五十嵐の店長。
商売道具を運び出すところから店長の一日は始まる。
「準備は朝の6時30分くらいから。効率が非常に悪い」と笑顔を見せる店長。
始めたばかりの挑戦で従業員を雇う余裕はまだなく、搬入・設営・調理・接客と、すべて1人で行うという。
この日は公園から車で10分ほどの道具置き場へ営業前になんと6往復。そこまでして屋台をやりたかった理由は非常にシンプルなものだった。
「駅前で待ち合わせしている時間の前に、1人で勢いづけに0次会で屋台に行きたかった。そういうところがあればなと思っていた」
かつて関東エリアの飲食店で働いていた店長は、飲食の基本を身につけると、エリアマネージャーなども経験した後、6年ほど前に新潟にUターン。
決めたことはやり抜き、行動で示す強さがあるという。
■「正直きついがみんなに会いたい」リアカーを引いて5km移動する日も
新潟で屋台をやりたいと、実際に行動を起こして窓口に行った店長が取得しているのは、期間や場所を限定して営業が可能な“臨時営業許可証”だ。
ただ、1カ月で期限が切れてしまうため、その都度、申請を行う必要があるという。
車での搬入が終わると、最後には3m近い高さの屋台の骨組みを、リアカーを使って人力で移動する店長。
石宮公園での営業の日は歩いて15分ほどの距離だが、別の日には、なんと駅前から県庁前の酒店まで運ぶことに。
普段、店で使う酒を卸してもらっている酒店の前で営業を行う日は5kmの道のりをリアカーを押して移動する必要があるのだ。
猛暑の中、できるだけ時間をかけないためにも早歩きで、歩いて、歩いて、ひたすら歩き続ける。
300kgまで耐えられるというリアカーのタイヤは潰れてしまうほどの重さ。この日は1時間以上をかけ、無事にゴール地点まで運びきった。
「正直きついのもあるが、毎週やっている。ここに来ないとみんなに会えないし、かといって運んでくれる業者を使ったらいいとなるけど、お金もない。自分のことを見かけたら元気になってもらえればいい」
■被災地・熊本県にも“焼き鳥” 屋台で人々を元気づける
石宮公園での営業の日。正午すぎ、道具や食材を全て運び終えると、組み立て作業が始まる。
過酷な重労働にくじけそうになったこともあったと言うが、お客への“感謝”の気持ちに救われたという。
「『楽しかったよ』とか、単純に飲食人として当たり前に『串おいしかったよ』とか、そういった基本的な本来のやりとりが単純にうれしい」
午後1時すぎに設営が終わるところから食材の仕込みが始まる。
やきとり五十嵐さんで提供しているメニューは炭火でじっくり火を通す香ばしさとジューシーさが売り。
できたての焼き鳥は人々を元気にする力があると話す店長は、自身の行動力を生かし、被災地・熊本県へも足を運んだという。
「熱々の焼き鳥を食べてもらいたかった。熊本の主婦の方、ご家族とか何人かポロポロ泣き始めて。この屋台という形式が自分1人でやれているので、そこも被災地へ動きやすかった一つの理由である」
■いよいよ本格営業開始!自然と交流が生まれる屋台に「来てよかった」
日が暮れて暑さが和らいだころ、やきとり五十嵐さんの営業が本格スタート。
早朝から猛暑の中、働き続けている店長だが、その表情に疲れの色は見えない。
自然と会話が生まれるアットホームな雰囲気こそ屋台の醍醐味。新潟での屋台営業を待ちに待っていたという声はやはり多いようだ。
実際にお客からも「外で飲めるというのが良し、味良し、人良し。三拍子揃っている。こういう屋台が出てもらえると、そこに人が集まって交流が生まれるというのは素敵なことだと思う」「ここにいっぱい屋台が並んだらいいなと思った。来てよかった」といった声が聞かれる。
■「屋台を新潟のカルチャーに」今後の盛り上がりに期待
屋台営業を通して人の輪を、笑顔の輪を広げたい。
今後、県内で屋台が広まり、地域の盛り上がりにつながることを店長も期待している。
「お客様の声でやはり一番大きいのは『1店舗だけではなく、何店舗も屋台のエリアがあれば』という声。自分1人よりかは何百人、何千人と絡んでもらって、屋台が新潟の一つのカルチャーとして盛り上げることに関われる1人になっていければすごくありがたい」
