7月下旬、東京メトロ銀座線の一部の駅に新しい改札機が設置された。
利用できるのは、「クレカタッチ乗車」と「QRコード」のみ。SuicaやPASMOなどの「交通系ICカード」や「紙の切符」は使えない。
一方、高知県では「交通系ICカードICOCA」を2028年から本格導入する予定で、県内の路面電車やバスなどで利用できるようになる見込みだ。
「すでに交通系ICカードはクレジットカードに飲み込まれている状態。今から導入するならクレジットカードのタッチ乗車が理想」
と話すのは、金融・決済手段の事情に詳しい中央大学経済学部の近廣昌志准教授。詳しく聞いた。
キャッシュレスの“プリ・ポスの覇権争い”
【中央大学経済学部 近廣昌志准教授】
「交通系ICカード」も「クレカタッチ乗車」もキャッシュレス支払手段ですが、商慣行の観点で両者は大きく違います。
「交通系ICカード」は、「従来型の物理カード」と「モバイル型(スマートフォン)」が利用できますが、この数年、「モバイル型(スマートフォン)」が急速に普及しています。原則、事前にチャージする“前払い式(プリペイド)”です。
「クレカタッチ乗車」は、クレジットカードのタッチ決済機能を利用して乗車します。
『クレジットカード本体(物理カード)』または『カード情報を登録したスマホ』を決済端末にタッチして支払いますが、クレジットカードの利用なので“後払い方式(ポストペイ)”です。
現在、鉄道やバスの乗車は「交通系ICカード」の利用が圧倒的多数を占めていますが、そのチャージ方法では、クレジットカードからのチャージが増加しています。
つまり、『プリペイド(前払い方式)であるはずの「交通系ICカード」のチャージ』を、『ポストペイ(後払い方式)の「クレジットカード」で行っている』状態なのです。
この時点ですでにプリペイドがポストペイ「後払い方式」に飲み込まれている状態です。
「経済は“後払い”で発展する」
なぜ「後払い式」が優位なのか。経済は、お金を貸したり、後払い(延払い)を認める“信用”によって進化・発展してきました。
よく“信用”と“信頼”が混同されるのですが、経済学では明確な違いがあります。
「後から払ってもよいですよ」というのが“信用”で、相手を“信頼”するから“信用”が成立するのです。
「クレカタッチ乗車」は、運賃をまとめて後払いする『掛け取引』。利用者に対する“信用”です。
これは、会社が商品を仕入れて後から代金を支払う仕組みと似ています。利用者が後払いできるようになると、交通機関の利用が増加し、売上が増えます。
経済の成長に“信用”は重要な要素です。
キャッシュレスの世界も、「前払い(交通系ICカード)」の枠を包括的に取り込む「後払い(クレジット)」の強さが際立つのは当然のことと言えます。
世界で利用される「クレカタッチ乗車」
交通機関の利用手段として考えた場合、これから導入するなら「クレカタッチ乗車」一択です。
第一に“インバウンド”。
「交通系ICカード」は日本を含め一部の国や地域ではメジャーですが、世界で利用が伸びているのは「クレカタッチ乗車」です。さらなるインバウンドの拡大を目指す今、訪日外国人のスムーズな移動手段の確保として彼らが使い慣れている「クレカタッチ乗車」の普及は欠かせないと思います。
第二に“保有率の高さ”。
カード会社などさまざまな調査によると、成人のクレジットカードの保有率は8割~9割程といずれも高い水準です。
対して交通系ICカードは、都市部などでの保有率は高いでしょうが、車社会の地方では持っていない方も多いと思います。また、ETCを利用している方は既にクレジットカードは保有されている場合が多いでしょう。
そして第三に、日本の経済に欠かせない“ポイ活”です。
「クレカタッチ乗車」を利用するとポイントが付与されますが、「交通系ICカード」に現金でチャージする場合ではポイントが付きません。「交通系ICカード」へクレジットカードでチャージしてポイントを獲得するなら、最初からクレカタッチ乗車で良いのです。この点でも、「クレカタッチ乗車」が優位であるといえます。
(*筆者注:「クレカタッチ乗車」でポイント付与がない場合もあります。また利用時にポイントが付く「交通系ICカード」もあります)
わずか0.2秒 交通系ICの圧倒的スピード
もちろん「交通系ICカード」にも利点があります。
最大の長所は“処理スピードの圧倒的な速さ”。非接触ICチップに情報が記録され、0.2秒以下という高速処理を実現しています。
歩く速度を落とすことなく改札を通過でき、遅延が起こりません。
一方、「クレカタッチ乗車」は0.5秒程度かかります。
クレジットカード情報を読み取った改札機がセンターサーバーとの間でオンライン処理するためで、交通系ICカードと比べると体感的にもワンテンポ待つ感覚になります。
そのため、首都圏のラッシュアワー時などは、「クレカタッチ乗車」だけではさばききれません。利用拡大には、スピードの改善が大きな課題です。
交通系ICカードは「高コスト」
熊本県では、導入していた「全国交通系ICカード」の廃止が発表され、その後、熊本市電(路面電車)が廃止を撤回する等の「混乱」も見られました。(バスと熊本電鉄の電車では廃止されました)
「交通系ICカード」をやめた最大の理由は “高額な設備維持費”と言われています。
「交通系ICカード」は、自動改札機のシステム更新の度に、億単位の費用がかかるのです。
利用者が限られる地方の交通事業者にとって非常に大きな負担です。メンテナンス費用が結果的に乗車料金を上げるなど利用者に負担がかかります。
大都市圏の極端なラッシュアワーでなければ、クレカタッチ乗車の処理速度は致命的ではありません。
「交通系ICカード」が高コスト体質を続ける限り、今後の広がりは難しいと思います。
2026年秋からSuicaに後払い機能
2001年にJR東日本が「Suica」を導入してから四半世紀が経ちました。
2013年にはSuicaやICOCAなど交通系ICカードの全国相互利用が開始され、その後、キャッシュレス決済の普及とともに、電子マネーとしての「交通系ICカード」の利用も拡大しました。
その頃であれば、地方の鉄道やバスが「交通系ICカード」を導入するのは正解だったと思います。
しかし、今から導入するならどうでしょうか。
JR東日本は2026年秋から「モバイルSuica」にQRとバーコードによるコード決済機能を付加すると発表しました。JR東グループのクレジットカード「ビューカード」とひもづければ、後払い方式を選択できるようになります。
つまり、自ら「後払い(ポストペイ)」の優位性を認めたとも言えます。
今後新たに「交通系キャッシュレス」の導入が検討される場合は、その地域に最適な選択肢を選ばなければなりません。
(中央大学経済学部 近廣昌志准教授)
取材: 高知さんさんテレビ

