千葉県の豪雨被害。
被災地では住宅などの復旧作業が本格化しています。

一方、深刻な問題となっているのが、水没して放置された車両です。
レッカー業者への依頼が急増し、対応に追われていました。

千葉県で起きた豪雨災害。
2026年5月に新しい気象警報の運用が始まってから、全国で初めて発表されたレベル5の大雨特別警報。

約10万2000人に避難指示が出され、千葉市では12時間の降水量が平年の約3倍の348mmに達する異常な雨が降るなど大きな被害が発生しました。

「令和8年8月千葉豪雨」から17日で5日目。

お盆休みが明けた17日、千葉ポートタワーの駐車場には、一時的に集められたとみられる放置車両がありました。

千葉県を襲った豪雨災害。
死者はこれまでに10人、2人が現在も行方不明です。

今、深刻な問題となっているのが、水没するなどして動かせなくなった放置車両です。

千葉市によりますと、約2500台の放置車両が確認。
このうち500台は交通に支障がある状態のため、ほぼ路肩などに移動させたということです。

こうした放置車両は13日、災害級の大雨が降る中、冠水する道路で水没し立ち往生していました。
足首辺りまで水につかりながら、立ち往生した車を取り囲む様子もみられました。

豪雨災害から一夜明け、翌日には、フロント部分に草木が絡まったまま道路上の至る所に放置された車両が見られました。

さらに、幹線道路の中央分離帯付近にも多くの車両が取り残されていました。

17日、千葉市内を走行するレッカー車の車内からもその様子が確認できました。

栄鈑工業・齊藤玲央さん:
前(止まってる車)も、こちら2つが冠水車。(Q. こういう車が至る所に?)至る所にあるのと、夜中とかはこういう放置車に気づかずぶつけちゃう事故も今のところ増えているので、少なからず雨の影響でいろいろと事故は増えているかな。

八千代市では午前0時過ぎ、トラックが、豪雨の影響で水没し故障して放置された車両に追突する事故が起きました。

こうした動かせなくなった放置車両について、レッカー車への依頼が急増しています。

栄鈑工業・齊藤玲央さん:
(去年の)2倍以上には必ずなっていると思う。3倍とかになっている感じ、正確に言うと。

レッカー車が到着した現場では、ワイヤーで水没した車を荷台に載せようとしますが、動きません。

栄鈑工業・齊藤玲央さん:
タイヤが今、癒着して動かないので、とりあえず癒着を取れれば。

泥などの影響でタイヤが動かず、何度も試行錯誤しながらようやく動かし、レッカー車へ。
作業員がハンドルを握り、細かく位置を調整しながら作業を行っていました。

レッカー車で運び込まれた場所には、多くの水没した車がずらり。
ボンネットを開けると、内部にまで草や泥が入り込んでいました。

栄鈑工業・齊藤玲央さん:
1人だいたい10~15台をさばけば。それでもやっぱり追いつかない。

この会社には、レッカーを求める連絡がひっきりなしに寄せられているということです。

今回の豪雨災害で、浸水被害も拡大しています。

JR蘇我駅前のロータリーはまるで湖と化し、歩く人の太もも部分まで水位が上がっていました。

さらに、千葉県に直結する商業施設では、地下街へ絶え間なく水が流れ込んでいました。
その商業施設は14日から臨時休業となっていて、現在も地下は臨時休業のままとなっていました。

駅前のロータリーなど、大規模な浸水被害が起きた大網白里市では、大網駅近くにある保育園にも浸水被害が起きました。

豪雨災害の翌日、保育園の周辺では川が氾濫するなど被害が拡大。
園の中は床が泥まみれで、浸水した影響で物が散乱していました。

17日、園では浸水した遊具や家具などが出され、仕分け作業が行われていました。

子供たちに読み聞かせしていた絵本もだめになりました。

赤いテープが貼られているものは廃棄処分だということで、園児たちが一生懸命遊んだキッチンのおもちゃの台にも、廃棄される赤いテープが貼られていました。

園内では17日も、浸水した雨水の排出作業が続いていました。

大竹保育園 園長・成島麻美子さん:
やはり一番怖いのが衛生面だと思うので、まず高圧洗浄とかで丸洗いなんですね、お水で。その後に乾かして、でまた消毒をして乾かしてっていう作業になっていくので、かなり時間はかかります。

保護者も掃除を手伝ったりしていますが、再開まで、まだ時間がかかる見込みだということです。

一方、お盆休み明けの千葉駅の前には、バスに並ぶ多くの人の列が。

その理由を聞くと、「車が動かなくて。連絡取ったらレッカー待ちもすごくて、来週ぐらいじゃないとレッカー回せませんと。急きょバスで向かう」など、普段、車で移動する人たちの車が使えなくなり、バスで移動するという人が増えていたのです。

豪雨災害の影響で、移動手段の変更を余儀なくされる状況となっていました。