最大震度7の巨大地震が熊本を襲ってから1週間。
被災地は暑さと断水に苦しめられています。
そして4日、突然の雷雨が熊本を襲いました。

4日、被災地・熊本県内で相次いだゲリラ雷雨。
大粒の激しい雨が建物の屋根やアスファルトをたたきつけました。

八代市で取材中にも一気に雨が降ってきて、倒壊した家の中にも大粒の雨が打ち付けていました。

ゲリラ雷雨をもたらす危険な暑さも続いています。

4日午前8時半ごろ、氷川町の農作業ハウス内で行われていたのはイチゴの苗への水やりです。

イチゴ農家の男性:
今電気がない状態で、水がどうしてもかけないと枯れてしまうので、よそから軽トラで積んできて、エンジンで毎日水をやっています。

このイチゴ農家では、震災から1週間たっても電気が復旧していませんでした。

イチゴ農家の男性:
暑い、とりあえず電気がほしいのと、ここまで来たら復興するしかないんで、それしか望んでないですね。

震度7を観測した宇城市では、熊本商業高校サッカー部の生徒たちが、暑さ対策をしながらボランティアに参加。

生徒:
暑い中ではいつも自分たちサッカーやってるんで、そこは慣れてる部分はあるんですけど、いつもと違う活動なんで、水分とか塩分とかは、いつも以上に注意してやれてるかなと思います。

最大震度7を観測した熊本地震から1週間。
死者38人、避難所には8200人余りが避難しています。

震度6強を観測した熊本・八代市。
地震発生の瞬間を捉えたドライブレコーダー映像では、画面左にある住宅が大きく左右に揺れています。
次の瞬間、建物の壁が崩れ、住宅が倒壊し、砂煙が上がります。

また別の映像では、農業用ハウスの前にある用水路の水が激しい音を立てて噴き上がりました。

男性:
言葉にならないというか、これは大変なことが起きたんだなと。

高速道路が上下にずれ落ちる被害も発生。
その現場周辺を撮影したドローン映像を見ると、地震でずれた断層とみられる亀裂が地面の上に一直線となって現れていました。

煙突が折れ11人が閉じ込められ、9人が死亡した日本製紙八代工場。

倒れた煙突のそばでは、多くの自衛隊員や警察官らが懸命な救助活動を行っていました。

10年前の地震で被害を受けて以降、復興のシンボルとなっていた熊本城も今回の地震で一部の石垣が崩れ落ちました。

そして、地震発生から1分後に撮影された熊本・嘉島町のイオンモール熊本の映像に映っていたのは、寄り添いながら止まったエスカレーターを降りる人たち。
足早に建物の外へと避難する様子が見られました。

そして約1時間20分が経過した午後5時50分ごろのことです。
ドンッという激しい爆発音とともに建物の壁などが一気に散乱。

周囲は一瞬にして白い煙に包まれていきます。
また、白い煙の中から慌てるように複数の人が走って避難する様子も。
映像の撮影者もすぐその場から避難しました。

地震後に発生した爆発事故で7人が死亡しました。

爆発後に撮影された建物内の映像では、モール内の通路は足の踏み場もないほどがれきが散乱していました。
爆発の衝撃がいかに強かったかが見て取れます。

2階にあるコスメ店で働く大竹玖瑠美さん(22)。
地震発生後いったんは外に避難しましたが、その後、店に戻り、爆発に巻き込まれ亡くなりました。

大竹玖瑠美さんの親族:
たまたま買い物に行っていたおばといとこと会っている。そこで、「売り上げを金庫に入れないといけないから店内に戻る」と。いとことおばは止めたんですよね、「危ないからやめた方がいい」と。私は人災だと思う。

“売り上げを金庫に入れるよう指示された”と話し、同僚と2人で店に戻ったといいます。
その約5分後に爆発が起きたということです。

2日に行われた大竹さんの通夜。
勤務する会社の営業部長らが遺族に謝罪しました。

勤務する会社の営業部長ら:
改めまして、申し訳ありませんでした。

大竹さんの母親:
もう娘は帰ってこないんですよ。

3日に行われた告別式。
花に囲まれた祭壇の中央には、大きな瞳で真っすぐに見つめ、穏やかにほほ笑む玖瑠美さんの写真が。
多くの参列者が突然の別れを惜しみました。

中学時代にバレーボール部で玖瑠美さんの後輩にあたる女性は、突然の別れに「何も考えられない。まさか先輩だと思わなくて…頭が真っ白で。いままでの感謝と安らかに眠ってほしい」と涙ながらに語りました。

地震発生後徐々に明らかになった被害の全容。
震度7を観測した氷川町では、住宅の倒壊が相次いでいました。

「遠くから見えたいつも見慣れた風景より屋根が低いって思って近づいてきたら…」と話す女性。
18歳まで過ごしたという思い出の場所が一変していました。

氷川町に住んでいた齊藤絹子さん(91)は、2階部分が崩落し、下敷きとなり救助されましたが、その後、死亡が確認されました。

当時救助に駆け付けた孫の男性は、まだ意識があった祖母を救出できなかったことへの後悔がありました。

孫・斉藤修治さん(43):
生きているときに私たちがちゃんと駆けつけられたのにもかかわらず、助け出すことができなくて本当にごめんねということを伝えたい。

夏休み中の生徒たちも被災しました。

高校3年生の男子生徒は、ちょうど課外授業で高校にいた時に地震が起きました。

高校3年生:
女の子とかそのままパニックで座っている人は机とか椅子ごと吹っ飛ばされたりして。

教科書やノートなどが床一面に散乱。
本棚も全て倒れました。

氷川町で出会った中学2年生の男子生徒は「氷川町は地震の次の日に納涼祭の予定とかもあった。それがなくなったので悲しかったです。生活が一変しちゃった」と話します。

震度7を観測した氷川町では、高校1年生の平山愛琉さんが犠牲となりました。

地震が発生した当時、自宅にいたという平山さん。
死因は頸椎損傷と判明し、首を強く打ったとみられています。

中学校の同級生:
すごく元気で面白くて、たくさん冗談言って笑い合ったり、優しい性格だった。

地震後、住民たちを悩ませているのが水道・電気などライフラインの寸断です。
電柱などが至る所で折れていて、停電被害が拡大しました。

現在も多くの地域で不足しているのが水です。

八代市で7月30日、拍手で出迎えられる自衛隊の給水車。
ポリタンクに水を給水する順番待ちの列ができていました。

八代市内の高齢者施設でも断水に頭を悩ませていました。

水を使えないということで、食器類はラップでくるまれていました。

しかし、取材中にやっと蛇口から水が出るようになり、何とか断水が解消され、お昼ごはんで使った食器も洗える状況となりました。

一部の地域ではライフラインが戻りつつあるものの、命に関わる災害級の暑さが被災地を襲来しています。

3日、熊本市で観測史上初めて40度以上の酷暑日を観測。
4日も熊本市で最高気温36.8度の猛烈な暑さとなりました。

午前9時の宇城市で、熱中症とみられる症状で90代の女性が救急搬送されました。

救急搬送された女性の夫:
(妻の)体がほてって家で冷やしていたけど、だめだと思って救急車呼んだ。

最大震度7の地震から1週間。
被災地では命に関わる危険な暑さが続いています。

太陽が顔を出した熊本・八代市。
給水タンクに貼られた紙には「給水車は午前9時頃に来ます」と書かれていました。

まだ多くの地域で断水が続いています。

被災地は5日も酷暑日に迫る暑さとなりそうです。
熊本市の予想最高気温は39度。
熱中症への警戒が求められます。

<フジネットワーク サザエさん募金> 令和8年熊本地震被災地救援