対談:
藤本壮介(建築家)×平沼孝啓(建築家)×櫻井正幸(旭ビルウォール株式会社 会長)
本対談では、「現場から生まれる実践知(Practical Knowledge)」をテーマに、大阪・関西万博の会場デザインプロデューサーを務めた藤本壮介氏を迎え、建築学生ワークショップが積み重ねてきた活動を振り返るとともに、建築教育の未来や、ものづくりにおける「実践知」の重要性について語り合いました。
建築学生ワークショップは、全国の建築学生がチームを組み、歴史的・文化的な場所を舞台に、自ら設計し、実際に制作・施工まで行う実践型教育プログラムです。2015年より旭ビルウォール株式会社(以下、AGB)は協賛企業として活動を支え続け、建築家、構造家、建設会社、メーカーなど、多様な立場の技術者とともに学生たちの学びを支援してきました。
万博という「未知の現場」で感じたこと
今回の対談は「実践知」がテーマである。大阪・関西万博という誰も経験したことのない巨大プロジェクトを率いた藤本壮介氏に、まず「未知の現場」で得た学びを伺った。
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平沼:AGBさんとは2015年の高野山から10年ずっと、この活動に並走いただいています。櫻井会長は建築材料の専門家として、建築家・構造家たちとともに学生たちの学びに寄り添ってくださいました。今日はまず藤本さんから、万博のデザインプロデューサーとして感じた実践知について聞かせてください。
藤本:万博が今までと一番違ったのは、スケールが巨大で、関係者がむちゃくちゃ多いこと。しかも誰も経験したことがない状態のままやる、というのが一番難しかった。愛・地球博から二十年、前回の大阪万博から五十五年、つまり誰もわからない状態のままやるんですよね。頭で考えてもわからないから、とにかくやってみて試行錯誤する。ものを作ることも、コミュニケーションも、全体が万博に向かって進んでいくことも含めて、常にそのただ中にいながら同時に何かを作っていかなければならない。
大屋根リングにしても、やったことがない工法で未知の状況があった。そういうとき最後に頼りになるのは、やっぱり自分の身体感覚なんですよね。それはすごく鍛えられたところでもあるし、面白かったです。
平沼:夢洲は埋め立て地でした。歴史文脈があまりない場所に最初の一筆を入れるのはどれほど難しかったですか。
藤本:コンテクストを自分が作っていかなければ、全体がまとまらない。円という形になったのは、何もないところに突然強烈なコンテクストを作ることで、万博というカオス——いろんな価値観やいろんな出来事が起こる——それが人々にひとつの「まとまり」として認識されるようにするためです。理解のフレームを創る、ということですね。それは結構意識していました。
ただ、あの場所もコンテクストがないわけではなくて。奈良時代に国際交流が盛んだった時期、あの海域を船が行き来していた。リングから見る夕日は、古の大阪がずっと見てきた風景でもあるんですよね。唐突に作られたものとも言えるけれど、実はずっと歴史を遡ってあの大阪の地が見ていたものでもある。
平沼:場所の下に流れるものを読み取って、形にしていった、ということですね。
櫻井:僕はEXPO'70を知っている世代で、小学五年生の時に一度だけ行きました。お祭り広場を見てびっくりして、太陽の塔を見てもっとびっくりした。丹下健三さんや岡本太郎という存在に藤本さんが対峙するのは大変だろうと思っていた。でも苦労しているときに多くを語らず、終わってから語ってくれた。やっぱり作っている最中にペラペラ喋るのはよくないのかな、と思いましたね。
大屋根リングは、夏の暑い最中でも下にいると快適で、上から見る夕日は本当に美しかった。最初はみんな少し一歩引いていたけれど、やはり本気になってやったからこそ成功した背景があると思います。
万博会場という「未知の場所」へ
6月、建築学生ワークショップの参加学生たちが初めて万博会場に集まった日。藤本はメガホンを片手に各計画地を案内して回り、その日のうちにエスキスと講評が始まった。
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藤本:まずアイデアが膨らむんですよね。こんなことができたら面白いんじゃないか、って。でも、まだ実際の手触り感というか、スケール感も重さ感もあまりない状態での提案だから、結構ふわふわしている。そこから材料に踏み込んで、どうやって固定するの? みたいなことになってくると、案が変わってくる。それは別にネガティブな意味じゃなくて、実践から生まれるアイデアにだんだんなってくるわけです。そこがやっぱりこのワークショップの面白いところで、最初のアイデアがそのままできたら、逆にちょっともったいないというか。
平沼:櫻井さんはどんな印象をお持ちでしたか。
櫻井:今回は場所が万博ですから、覚悟があった気がしましたね。これまでの聖地開催とは違って、何でもありっぽい世界的な舞台だから、学生たちに自由度があった。と同時に、我々サイドもなんとしてもという気持ちがあった。いつもとちょっと違う雰囲気がありましたね。
制作、そしてプレゼンへ
模型から実物へ。建築学生ワークショップでは、設計だけでは終わらない。材料に触れ、制作し、人と議論し、最後は500人を前に自らの言葉で発表する。ここでは、「思い通りにならない現実」が、学生をどう成長させるのかについて語られた。
平沼:模型では成立できそうなスチレンの重さじゃない、木材角材1本の重さを分かった上で提案・制作に挑まなければいけない。この現場を踏まえて、どういうふうに学生たちに伝えていけばいいか——お二人に対談していただきたいと思います。
藤本:図面通りにつくるものじゃないじゃないですか。ある程度の図面はあるんだけど、その後は材料との格闘になっていく。面白いのは、思うようにいかないときに、なぜこの材料はこうならないのか、こういう特徴だからか——だったらこうすれば、最初の図面とは違うけれど、より素直になったり、意外とより良くなったりもする。
リアルなフィードバックが常にあるわけですよね。思ってた通りにならないことが逆にクリエイティブな発想を刺激して、思ってたものとは違うんだけど、すごいものがそこでできちゃうことがある。その体験が少しでもできてくれたら——クリエイティブ力の一番根っこは、どんな障害があっても、それを逆手に取ってさらに良いものにしていくことだと思うんですよね。
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櫻井:学生さんは気づいていないかもしれないけど、すごく贅沢な経験をしていて。事業主、デザイナー、建設会社、メーカー——社会に出てから経験するような立場を、全部この中で経験してしまっている。限られた時間とお金の中で良いものをつくる。場所性を見ておくのはコンセプトメイクの話で、デザイナーに強く求められたり、その背景には事業主の思いがあったりする。それをみんなが議論しながら、すごい短時間で凝縮してやるわけじゃないですか。我々も、材料がなぜその強度や特性を持つのか、どう固定すれば壊れないのか、といった素材の側の理屈を一緒に考える立場で入らせてもらっています。
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平沼:プレゼンテーションについても触れていただけますか。最終プレゼンは500人が集まる会場で行われるわけですが、講評者の顔ぶれを見れば、普通なら委縮してもおかしくない。それでも学生たちは物怖じせず、自分の言葉で語れたと思うんです。
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藤本:例年になく完成度が高かった。万博という場だから気合いが違ったのか、詰めていく過程がしっかりしていた。ペットボトルの接合の仕方もいろいろ試行錯誤して、こういうやり方が一番いいと見つけていた。紙おむつから作った紙のパイプが精緻に組み上がっていて、今まで見たことがない精度だった。
竹に乗ってふわふわ揺れるやつも、我々が乗っても全然びくともしない。よくやり切ったな、と。特に最後のゴタゴタがある中で会場が変わったりしながらも、よくやり切ったなというのと、チーム内の人間関係も大変だったと思うんですよね。だって知らないメンバーが急に集まってやるわけだから。でも建築ってやっぱりそうやって人とコミュニケーションを取りながらつくるもので、あれは避けて通れないすごい大事なプロセスなんですよね。
櫻井: みんながあれだけ自信を持って話せるのは、自分でやったから。自分で考えて、間違えたかもしれないけど、やったからだと思います。それは素晴らしい経験だと思いますよ。
平沼: 「書いたものを読んだらダメ」というルールがあって。その瞬間から、学生たちが全部を自分ごとにしていったんですよね。大体先生と一緒に作ったものを発表すると質問に答えられないんですが、彼らはみんな答えられる。自分でやったから、自分で考えたからだと思います。
この活動が続いてきた理由
平沼:なぜこの活動が続いてきたのか、改めて振り返りたいと思いまして。一旦ここで総括と展望を聞かせてください。
櫻井: 本当は4年で区切りをつけるはずだったのに何で10年やったかというと、学生さんって何考えてるんだろうというのがだんだん分かってくるんですね。学生さんってすごく進化していて、自分たちにはできないようなことができている。そのキャッチボールが始まった時に、ああ、若い人ってこういうことを考えてるんだなと。こちらも考え方を変えなきゃダメだね、と思うようになっていった。
あと、ああいう贅沢な建築の学びの場って、なかなか無いんで、それは提供でしたいな、と思っています。今はモノづくりセンターという事業所があって、そこに学生さんが来るんですよね。実際のものをみたり触ったりすると、目がキラキラしてきて。学校でできない体験、道具、材料、職人さんとの対話——やっぱりものを触るっていうのが非常に大事かな、と思います。
藤本: 建築の学校はたくさんあって、いろんなことをそこで学べるんだけど、大学で学べない何かを体験できる場所はやっぱり必要ですよね。今回万博で感じたのは、リアルなものってとんでもない力を持っているということ。AIとかいろんなものが発達してきているけれど、リアルなものがより力を持ってくる時代でもあると思うんですよね。
ものを作るリアル、歴史に触れるリアル、自然に触れるリアル——こういろんなリアルがここに重なっている。建築ってやっぱり最後はリアルじゃないですか。そのパワーを若い人たちがちゃんと感じ取って、そこで試行錯誤するような場を、ぜひ未来にも引き継いでいきたいですよね。
実践知を次に繋ぐ十年へ
2026年は法隆寺、来年は熱田神宮、そして大宰府、伊勢神宮へ。開催地はすでに決まっている。
平沼:最後に、これからの十年をどう導いていくか。藤本さんにお願いできますか。
藤本:こういう場が、ずっと続いてほしいですよね。大学で学べない何かを体験できる場所は必要で、それがどんどん豊かになっていくといい。頭で分かることと、手を動かして初めて分かることは違う——それを早いうちに知っている人間は、この先どんな時代になっても強いと思うんです。だからこそ、この場を次の世代にちゃんと引き継いでいきたい。
▼ 建築学生ワークショップ公式サイト
AGBは2015年より、この活動に協賛企業として参加しています。学生たちが実践から学ぶ姿に刺激を受け、新入社員研修にも「ものづくり研修」を取り入れました。企画から製作、発表までを自分たちの手で行うこの実習は、毎年続いています。
撮影・編集:YK PRODUCE Inc.
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