原爆の日を前にTSSライクでは「つたえるつなげる平和への一歩」と題して継承について考えていきます。
手話で「あの日」を伝える取り組みのその舞台裏に密着しました。
7月26日。
広島市内のスタジオに県内で活動する手話ダンサーが、集まりました。
手話ダンスとは、曲の歌詞を手話で表し、全身を使って表現するダンスです。
今月8日、広島と長崎の被爆の実相を伝える「手話ダンスミュージカル」が上演されます。
このミュージカルは、被爆80年を迎えた去年、制作されました。
手話を使った表現には、リーダーの菊田順一さんの強い思いがありました。
【手話ダンスミュージカル 菊田順一代表】
「手に魂がこもる。そんな感覚がある。それを見ている人に伝えたくて。手話はまさしく言語。唇の動きのような繊細な動きと感情を込めることができる」
去年に続き、2回目となる今年の公演には県内で活動する手話ダンサー、およそ30人が参加。ミュージカルは、手話による芝居とダンスで構成されています。
広島の被爆の惨状を伝える手話ダンスには、広島在住のシンガーソングライターHIPPYさんの作品を選びました。
HIPPYさん自身が「語り部」として被爆者から話を聞き、その体験を伝える「プログラム」に参加した経験から作られた曲です。
【ダンスで表現「おばあちゃんののこしもの」】
また、長崎出身の現役医師のユニット、福岡を中心に活躍する「インスハート」の曲もダンスで表現します。子どもを原爆で亡くした被爆者の話をもとに製作された曲で、舞台では、アーチストの思いも手話ダンスで表現します。
手話は、手による表現だけではありません。
口や表情を含めた、全てが手話になります。
手話の監修をするのは、北崎絢さん。
北崎さんも聴覚に障害があります。
【手話監修 北崎絢さん】
「口も動かして『死ぬ』『たくさん』口パクで」
【手話監修 北崎絢さん】
「目線は手元を見ない向こうを見る」
「(腕を)立てる『生きる』はこうだったでしょ『居る』は(腕を)立てる」
観客は、聴覚に障害のある人もいれば健常者もいます。いかに、多くの人に伝えるか。
【手話監修 北崎絢さん】
「やった事がないから、やった事が無い事をやるから。でもできるようになった時には最後はイェーイよ」
先月29日、メンバーの姿は平和公園にありました。
【手話ダンスミュージカル 菊田順一代表】
「ぐっと身が引き締まるというか、僕たちのやっていることの意味を改めて感じるし、今後も続けていきたいという思いが強くなります」
大阪出身の摩弥さんは、これまで、原爆資料館を訪れた事がありませんでした。
【手話ダンスミュージカル 小林摩弥さん】
Q:摩弥さんは初めて?
「初めてです。全く初めて。めっちゃどきどきする」
初めて目の当たりにする被爆の実相。
ミュージカルで描くのは、原爆投下後の広島の街と人の姿です。
【手話ダンスミュージカル 小林摩弥さん】
「抱き合ってる。真ん中は子供?」
「想像を超えるというか、想像してもしきれない。どういうふうに言葉に表わしていいか分からない感情になりました」
手話ダンスミュージカルでは、被爆した人たち、ひとりひとりの人生やその思いを描きます。
【手話ダンスミュージカル 菊田順一代表】
「細かい所まで見ながら色々と想像を膨らませて、どんな生活をしていたんだろうとか、どういう思いで亡くなったんだろうとか」
「亡くなった人たちは今の世界を見てどういう思いなのか。自分たちが悲しんだ記憶が世界にどのように伝わっているのか。何か悲しんでいる気持ちもなくはない」
本番を間近に控え、手話との格闘が続きます。
【北崎さん指導】
「おはよう」
聴覚に障害がある人にも、ない人にも伝わる舞台を目指して、北崎さんの指導が続きます。
【手話監修 北崎絢さん】
「みなさん頑張っています。何とかします。何とかします」
試行錯誤を重ね、ミュージカルの形が少しずつ見えてきました。
【手話ダンスミュージカル つむぎさん 芝居】
「ガラスが突き刺さって血だらけの人たくさんの人が運び込まれてきました」
「ちょっと難しいですが、ちゃんと覚えて本番も一生懸命がんばります」
芝居には、ナレーターが手話に合わせて、台詞を語るシーンがあります。
「いいね。元安川の橋から飛び込むと面白いんだよ」
「空襲警報になったら先生の言うことちゃんと聞くんよ」
「はーい行ってきます」
【ナレーター 岡田美和さん】
「(ナレーションを)手話に合わせていく事が難しい。難しいけど、ぴったり合ったら気持ちいいです。原爆について広島で生まれ育って伝えていくことが出来る事がすごくいい経験をさせてもらっていると思う」
みんなの気持ちをひとつにしなければ人に伝わる芝居やダンスには仕上がりません。
【手話ダンスミュージカル 小林慶太さん】
「ようやく形が出来たかなと。あとはここから2週間練習、練習、練習です」
耳の不自由な人も含めてより多くの人に、被爆の実相を伝える。
原爆投下から81年目を迎えた今、新たな取り組みが始まっています。
