一枚の写真から街を再発見する「兵動大樹の今昔さんぽ」。
今回の舞台は滋賀県草津市。元草津川跡地の「de愛広場」からスタートです。
かつて川だった場所を整備した広々とした広場に立った兵動さん。
立派なマンションが建ち並ぶ景色に驚きを隠せません。
【兵動大樹さん】「すごいですね開発が!立派なマンションとかいっぱい建ってて」
草津市はいま、人口がどんどん増えている人気な街なんです。
今回は、草津市民ならすぐ分かる!?名物の商店を兵動さんが探します。
■「東海道の宿場町」がヒント?
兵動さんに手渡されたのは、1975年(昭和50年)に撮影された1枚の古い写真です。
写真には茅葺き屋根の建物と水車が写り、「そば」や「もち」の文字が見えます。
【兵動大樹さん】「こんな道、街道やん。それっぽくない?」
これまでの「今昔さんぽ」で東海道沿いの宿場町を何度か訪れてきた兵動さん。
一般的には「東海道五十三次」として知られますが、本当は五十七次であることも学んできました。
草津もそんな東海道の宿場町の1つ。写真はそれに関係しているのでは? と兵動さんは推理します。
■ 地元の人にはカンタンすぎた!? 写真の正体は「うばがもち」
広場で出会った地元の女性たちに写真を見せると、あっという間に答えが返ってきました。
【地元の女性】「これ国道1号線沿いにある「うばがもちや」さんですよね。白い餅にこしあんが包まれてて。見た目はこんな感じで残ってる」
【兵動大樹さん】「おいおい、はやっ!」
「今昔さんぽ」史上類を見ないスピード解決になるか!?
「うばがもちや」には、いまも水車が残っていて、隣にはそば店もあるとのこと。
さらに驚いたのは、信号待ちの間に買いに行くほど身近な存在だということです。
【地元の女性】「仕事で自転車で信号待ちしてるときに、『お腹すいた』と思ってそのまま信号待ちの間に買いに行きます」
別の通行人にも聞いてみましたが、「うばがもちや」と即答。
今回の写真、地元の人には簡単すぎたようです。
■ 東海道と中山道が交わる草津宿本陣へ
写真の正体は確定しましたが、気になることが1つ。
草津宿の名物と言いながら、店は宿場町の中にないのです。
その謎を探るため、まずは草津宿の街道を歩いてみることに。
【兵動大樹さん】「めちゃくちゃいい道。うわぁ、まだ空気感残ってる」
街道で見つけた、国指定史跡の「草津宿本陣」を訪ねることにしました。
本陣とは、江戸時代の宿場町で、大名や公家など身分の高い人たちのために作られた宿で、現代でいう五つ星ホテルのような存在です。
本陣に入って兵動さんの目を引いたのが、本陣の前や宿場の出入り口に掲げていた宿泊者の札。
現代では旅館側が宿泊者の札を用意しますが、本陣では大名側が用意をしていたんだそうです。そのため「様」など敬称がついていません。
畳敷きの廊下は随行者の部屋にもなり、70〜80人が泊まれたそう。
殿様専用のトイレは漆塗りの畳敷きで床の間付き。
お風呂は外からの攻撃を防ぐため、部屋の中心に配置されるなど、配慮されたつくりになっていました。
宿泊料金は決まっておらず、なんと「お気持ち」分を支払うスタイル。
【兵動大樹さん】「一番プレッシャーですやん!大名にしたら、どこどこの藩がなんぼ払うたんやろうと。メンツがあるから…。上手い商売してますな!」
実は、江戸末期には各藩の財政が厳しくなり、本陣側は収入が不安定で苦労したそうです。
■「うばがもちや」の歴史
兵動さんは、本陣でうばがもちの歴史を学びます。
館長によると、「うばがもちや」は時代とともにお客さんの流れに合わせて移転を繰り返してきたといいます。
明治22年に鉄道が草津を通ると駅前へ。昭和になると国道1号線沿いに移転しました。経営者が変わることもあったそうです。
続いて訪れたのは、かつて親戚が「うばがもちや」をやっていたという創業から116年の写真館です。
壁一面に飾られた古い写真の中には、駅前時代の「うばがもちや」の写真もありました。商売がうまくいかず経営者が代わったことがあっても、「うばがもちだけは残ってきた」のです。
草津の名物を守ろうとする人が、そのたびに現れてきたというわけです。
■ 戦国時代から続く名前の由来に感動
いよいよ、「うばがもちや」へ!
水車が残る店構えを確認し、中に入らせてもらいました。
うばがもちは、いわゆる「あんころもち」で、旅人が力をつけるために食べ始めたのが始まりだそうです。
戦国時代、織田信長に滅ぼされた滋賀の大名の3歳のひ孫を預かった乳母が、草津に逃れて餅を売りながらお姫様を育てたのが始まりなのだそう。
この話を聞いた徳川家康が絶賛したことで有名になったと言われています。
■ 兵動さん合計18個!? 知られざるアレンジメニューも
併設のおそば屋さんでうばがもちを実食した兵動さん。
白あんが乗った上品な見た目で、甘さ控えめのあんことお餅のバランスが絶妙です。
さらに、お家で楽しめるオリジナルメニューとして、うばがもちをお湯やホットミルクで溶かしたおしるこ風の食べ方も紹介してもらいました。
【兵動大樹さん】「めちゃくちゃおいしい!全体的にあんこが行き渡る」
美味しすぎて、兵動さんは気づけば合計18個ほど食べていたそうです。
戦国時代の乳母の忠義から始まり、江戸時代には東海道・中山道の旅人に愛され、経営者が代わっても草津の人々に守られてきたうばがもち。
水車の位置だけは当時と少し変わっていたものの、1975年の写真と変わらぬ佇まいでいまも旅人を迎え続けています。
(関西テレビ「newsランナー 兵動大樹の今昔さんぽ」2026年7月24日放送)
