握手なしの挨拶に・・・各国首脳の反応は?

これは、3月2日、ドイツのメルケル首相が出席した国内の会議での一幕である。メルケル首相が、挨拶をしようと内務相に手を差し出したところ、断る合図をされたため、握手なしでにこやかに挨拶が交わされた。このような場面は、ヨーロッパで日に日に増えている。

イタリアで新型コロナウイルスの感染者が3296人(5日現在) と感染が拡大する中、国境を接するフランスでも377人(5日現在) に上り、他人事ではない状況が迫っている。

フランスのヴェラン保健相は2月28日、感染から身を守るためこまめに手を洗うことなどを求めたほか、握手などを控えるよう呼びかけた。

しかし、その前日には、マクロン大統領がフランス人で初の死者が出た病院を訪問し、マスクも手袋もしていない医師らと握手を交わし、意見交換した映像がテレビなどで大々的に流されていた。大統領自ら病院を訪問し、マスクも手袋もせずに医師たちと触れ合った最大の目的は「国民を安心させる」ことだったようだが、保健相の“握手禁止令”を受けて、メディアでは早速、「大統領のあの行いは間違いだった」と指摘される事態となった。

そもそも予防的な意味でもマスクをつける習慣がある日本人の私にとっては、握手をする、しないという話の以前に、前日に感染者が死亡したばかりの病院で、しかもその対応に当たった医師たちがマスクもつけずに大統領と話していることが、何よりもまず大きな衝撃だった。しかし、フランス政府は一貫して「症状がない人にマスクは意味がない」という説明をしているため、この場合でもマスクは要らないという判断だったのだろうか。

政府の方針が示された翌日、マクロン大統領は新型コロナウイルス対策会議で、関係閣僚に対し「私は、あなた方に心の握手をします」と述べ、握手を避けた。早速、行動を変えた形だ。

一方、イギリスのジョンソン首相は「人と挨拶するときには、今後も握手を交わすつもりだ」と述べ、自分流を貫く姿勢を明らかにした。

“握手なし”は死活問題? パリ市長選にも影響が・・・

ヨーロッパでは、挨拶の際に行われる握手は重要なジェスチャーである。さらにフランスでは、握手だけではなく、頬と頬を軽く合わせたり、頬に軽いキスをするビーズ=biseをしたりすることが習慣になっている。

しかし、こうしたコミュニケーションをしないよう政府が呼びかけたことで、思いがけない議論が起きている。

パリは、今月行われる市長選の真っただ中。選挙戦で握手ができない異例の事態だ。マクロン大統領の政党「共和国前進」から立候補したビュザン前保健相は、「有権者から手を差し出されても握手はしないわ。フランス人は、習慣を変えることになるでしょう。肘や足を付け合うとか、微笑むとか・・・」と話した。

挨拶の仕方をめぐる困惑は、日本人の我々の想像を超えている。

なかでも、ビジネスマンにとってはより影響が大きいようだ。「握手をしないこと自体が、相手に恐怖を与える」とか、「握手というシンプルな行為が仕事をスムーズにするのに・・・」といった声が上がっている。

WHO=世界保健機関のシルヴィー・ブリアン氏は、自身のツイッターで「新しい病気に対応しなければいけない」として、「握手に代わる挨拶の方法」を紹介している。

「手を振る」とか「手を合わせてお辞儀をする」。
また「肘と肘をつけ合う」とか「足と足をつけ合う」などといった方法だ。

WHOシルヴィ・ブリアン氏のTwitterより
WHOシルヴィ・ブリアン氏のTwitterより
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握手に変わる方法とは? 米TVドラマの登場人物まで参考に?!

握手もビーズも“禁止”の緊急事態に、フランスメディアはこぞって、これに代わる挨拶の方法を提案している。

ル・パリジャン紙では、マナーの専門家が登場。「握手をしなくても“ボンジュール”と声に出して挨拶はできる。ただ、横からではなく、相手の正面に立つことが大事。また、視線がずれているとネガティブな印象を与えるので、視線を交わすことが重要だ」などと指摘している。

フランスの大手ラジオ局やテレビ局など複数のメディアが紹介する、「握手やビーズに代わる方法」は、おおよそ以下のようなものだ。

1.肘と肘をつけ合う。アフリカで発生したエボラ出血熱をめぐって提案された挨拶の方法。

Avec l’aimable autorisation de Radio France / France Inter.
Avec l’aimable autorisation de Radio France / France Inter.

2.足と足をつけ合う。今回の新型コロナウイルスで、イランではすでに実行している人もいる。
3.「禅」の精神で、手のひらと手のひらを合わせてお辞儀。インドやタイ、ネパールなどアジアの広い地域で行われている挨拶。
4.目をきちんと見ながら「こんにちは」と声に出す。触れられない分、目を合わせることが大切。
5.舌を出す(しかし、礼儀正しく)。ネパールに存在する挨拶の方法。
6.アメリカのSFテレビドラマ「Star Trek」の登場人物がする挨拶。相手に手のひらを見せて、人差し指と中指、薬指と小指をつけた形にする。ローマ時代の人々のように、すべての指をそろえて手のひらを見せるだけでもよい。
7.軍隊風に敬礼する。
8.昔のヨーロッパで、城主や領主に対して行われたようなお辞儀。もし日本風のお辞儀を好むなら、時と場合によって頭を下げる角度を考えなければならない。

Avec l’aimable autorisation de Radio France / France Inter.
Avec l’aimable autorisation de Radio France / France Inter.

9.胸に手を当てる方法
10.せっかくの機会なので、自分に合った挨拶の方法を創り出してみる。

フランス人にとっての「挨拶」とは

内容を見ると冗談ではないかと感じる内容もあるが、こういう時こそユーモアを忘れず、いつも通りに過ごそうとするのがフランス人の特徴とも言える。

街で聞いてみると、”握手禁止令“が出てから日が浅いことや、習慣として本能的にビーズをしてしまうことなどから、新たな挨拶に踏み出す人はまだ少なかった。しかし、手を振るだけとか、触れ合わずに「ボンジュール」と言うだけの挨拶を始めた人たちも見られた。

「それぞれが基本的なことに気をつけながら落ち着いて、自分の道を選べばいい」

フランス人らしい、印象的な言葉を残した女性もいた。

感染症とは危機の種類は違うが、そう言えば、2015年の同時多発テロ直後にも、カフェテラスに座って普段通り生活しようとするフランス人の姿が印象的だった。一方、握手をめぐる議論が起きている状況を見ると、フランス人にとって「挨拶」というコミュニケーションがいかに大事なのかを、改めて思い知るのである。

【執筆:FNNパリ支局長 石井梨奈恵】
【表紙画像:Avec l’aimable autorisation de Radio France / France Inter.より】

石井梨奈恵
石井梨奈恵

元パリ支局長。2021年より、FNNプライムオンライン担当。これまで、政治部記者、 経済部記者、番組ディレクターなどを経験