パリは本当に「花の都」なのか?
この記事の画像(9枚)「花の都」。
そのような枕詞を添えることで、パリに対するイメージをゆがめてきたのではないだろうか・・・。などと、パリでの生活において真剣に反省する場面に幾度となく遭遇してきた。
今月、民間の会社が行った調査では、パリとその近郊でこの10カ月にスリの被害が60%も増加したという。日本から来た私の同僚は、パリに来て1年半の間に3度もスリに襲われたほか、現地のフランス人スタッフも地下鉄で財布を盗まれるなど、スリが日常的な脅威だ。
また、歩きたばこをする喫煙者がとても多く、信号待ちの際などに受動喫煙をする羽目になる上、ひどい場合には投げられた吸い殻にぶつかるほどだ。たばこのポイ捨てが街を汚していることは言わずもがなである。
地下鉄のあちこちには悪臭が漂い、失業者や東欧からたどり着いたと見られるロマ族の人々が横たわっている。美しい街並みが存在することも事実だが、「花の都」と一緒くたにまとめてしまうには、あまりに複雑な街である。
去年、燃料税の引き上げに対する反発から始まった「黄色いベスト運動」では、デモ隊の一部や、プロの「壊し屋」による暴力により、放火や破壊行為が行われたことは、記憶に新しい。
デモに対する警戒のため、道や地下鉄の駅が封鎖され、バスに乗ればスマートフォンを見ている少しの間に、通常と違う道を進んでいる。予告なしに行先や道のりが変わることが多く、運転手が急に立って振り返り、「この先はブロックされているため、シャンゼリゼ通り方面には行きません!そちらに向かう人はここで降りて下さい!」と大声で伝えてくれれば、まだ運がいい。時間通りに目的地に到着できないことが何度あったか、まさに日常がサバイバルだ。
年金改革反対スト
そして、極めつきは、12月5日から始まった政府の年金制度改革に反発するストライキやデモによる都市機能の麻痺だ。国鉄やパリ交通公団の職員らを中心にストが始まったため、パリ市内では自動運転の2つの線を除いて、他のほとんどの地下鉄がストップするか、大幅に本数を減らして運行している。当然、車を使う人が増えるために道は大渋滞し、郊外とパリ市内を結ぶ環状線での渋滞は600km超えを記録する、想像を絶した混雑だ。
マクロン大統領は、大統領選の際の選挙公約で年金改革を掲げていた。職業別に42種類もある制度を統一することが目的だ。フランスでは年金制度の赤字が増大していて、政府の試算によると、2025年までに最大で172億ユーロ(日本円で約2兆円)に膨らむ見通しだ。
改革案では、これまで優遇されてきた国鉄職員や公務員への措置を見直し、労働に応じたポイント制を導入する。こうした内容から、年金の支給額が減額の可能性がある人々が反発してストやデモを始めたというわけだ。いかなる努力もなしに年金制度の収支が改善する夢物語があれば別だが、現実的に大幅な赤字に転落している。将来の世代を考えたら、これまで優遇されていた人々が身を切ることは、ある程度は仕方のないことだが、彼らの論理では、「将来世代のために」今の年金制度を維持するべき、ということになる。
ひとたび、権利が脅かされるとなると、一瞬にして230年前に戻るのが、フランスの人たちの大きな特徴のひとつだ。つまり、市民が革命によって自由を勝ち取った1789年のフランス革命は、今でも彼らの行動指針として実に鮮やかに生きていて、「自由」や「平等」を勝ち取るために突き進むのである。
「空気があるからこそ“自由に”空を飛べる」
フランスでこういった状況に直面すると、学生時代に「自由」について学んだ授業のひとコマを強烈に思い出す。ドイツの哲学者カントが説いた「自由」―。
鳥は、空気の抵抗を感じて飛ぶので、「この空気(抵抗)がなければもっと早く空を飛べるのに」と思っても、実際には空気がなければ飛べない。つまり、空気(抵抗)があるからこそ、「自由に」空を飛ぶことができる、という話だ。この話を思い出すたび、「自由」には責任が伴い、そうでなければ「放埓」になるのではないか、という考えが頭をよぎるのだ。
罪のない商店などに火を放ち、ガラスを割ることが自由なのか。国鉄がストップしていることで、人生を左右するかもしれない大事な旅ができない人が、いるかもしれない。他人の人生を変えてまで権利を主張することが、自由なのか。
これは、幼少期からフランスに馴染み、記者として1年8カ月フランスを見てきた私の頭の中を、常によぎる疑問だ。実際、ニュース専門チャンネルでは、コメンテーターが「デモやストをする権利があることは認める。しかし、これでは一般人を人質にとっているだけではないか!」と怒りを露わにしていた。
新しいことを始めたり、改革を行ったりするときに、抵抗はつきものだ。
マクロン大統領は、2018年、外遊先での会見で「Les gaulois réfractaires au changement」という発言をして、一部から批判を受けた。Les gaulois=ガリア人(昔のフランス人の呼称)、réfractaires=動かない、の意味で、「変化に動かないフランス人」ということになる。その後、失言だったとして謝罪をしたものの、何を言いたかったのかについて、今となっては理解ができてしまうのである。
「地獄よりひどい!」渋滞
特に、通勤時間や帰宅時間の混雑はひどいもので、大幅に少なくなっている地下鉄や郊外線には人があふれ、怒号や悲鳴が飛び交う。道路の渋滞のため、ドライバーたちは「地獄よりひどい!」とイライラしていて、あちこちでけんかが始まる。私が通勤に使うバスの本数も減って、次のバスが来るのは70分後・・・。
泣きたい気持ちになって歩きながらやっと見つかったタクシーに乗りこめば、「働きたい人がまともに働けないなんて、もうこんな国出て行ったほうがマシだ!」などという、運転手の愚痴を聞かされるのである。消防当局によると、交通事故の件数はパリ市内で40%増加したという。
現地の日本人への影響
こうした中、もちろん現地の日本人にも影響が出ている。
パリで働く私の知人女性は、滞在許可証の更新のため、指定された日にやっとのことでパリ警視庁にたどり着くと、窓口には担当者がたった2人しかいない。待たされた挙句、「今日は無理です」と、2月にまた来るように言われた。彼女の滞在許可証はその前に期限が切れてしまう。また、2月となると改めて書類を集めなおさなければいけない。フランスでは書類を集めるのもひと苦労。彼女は、がっくりと肩を落としていた。
ストはこのほか、修学旅行でフランスを訪れていた香川県の高校生をも直撃した。彼らはスト開始の5日後にパリに入った。貸し切りバスでの観光のため、過激なデモは避けることができ、公共交通機関の影響も回避できるという見通しだった。しかし、生徒たちが12月10日の夜にパリ市内を移動したところ、交差点1つ通過するのに1時間以上かかってしまったという。
その結果、訪問先を減らさざるを得なくなったうえ、滞在は10分程度という駆け足になってしまった。彼らの旅程の最終日に同行させてもらったが、現地ガイドと先生たちはバスの車内で訪問すべき場所を検討しなおし、この場所ではどれぐらい時間をとれば意義のあるものになるのか、ということを議論し続けていた。
生徒たちは、事前に調べていたパリ市内のカフェや店舗を回る自由時間を楽しみにしていたが、これも大幅に減ってしまった。話を聞いた生徒たちは、このフランスの状況に「日本では考えられない」、「他人に迷惑をかけてはいけないと思う」とうんざりした様子で語っていた。
その一方で、ストやデモを起こすというフランス国民の意思表示の方法について、「自分の意見を、行動を示して表現できるというは、暴力があってはいけないが意義のあることだと思う」という意見もあった。ある意味では、これから選挙権を得る若者たちが「フランス文化」に触れ、その意義を学べたということになるかもしれないが、貴重な思い出が代償となってしまった形だ。
クリスマスを家族と過ごす人たちは、実家に戻る手段すら不透明な状況で、マクロン政権を強烈に批判する極右政党のルペン党首ですら、「戦争にだって休戦がある」とクリスマスの「休戦」を訴える始末だ。それでも、ストを支持する人は62%にも上るのだから、驚きである。
「不思議の都」パリ
クリスマス直前、地方に帰省する男性がフランスのテレビ局のインタビューに対し、「列車がありそうです!クールだね!」と満面の笑みで答えていた。「『クール』って・・・。本来は当たり前のことなのに」と、テレビに向かってすかさずつぶやく。そういえば、毎日徒歩を覚悟で家を出て歩き、偶然来たバスに乗れると、大混雑にも関わらず「ラッキー!」と思ってしまう自分がいることに気づく。
友人と買い物に出かけた日は、賭けに出るつもりで外出し、かなり遠回りして帰ってこられた時、2人で「ツイてたね!」と喜び合っている。「慣れ」とは、恐ろしいものである。もしかしたら、人々のたくさんの不満の中に小さな喜びを見出せるのが、パリの魅力なのかもしれない。
美しい景色に美食、そういった「花の都」としてのイメージだけではなく、社会の複雑さが混ざっているところに、結局は不思議な魅力を感じるのかもしれない。
一人で回転寿司の店に行き、悩み事を抱えながら酒を飲んでいた時のこと。横の客が「なぜ、そんなに悲しい顔をしているんだ。すべてうまくいくよ」と話しかけてきた。知らない人との会話が、自然と生まれる街の雰囲気は、確かに好きだ。
マクロン大統領は、退任後に支給される大統領の特別年金を受け取らない意向を明らかにした。歴代大統領としては初めてだ。大統領も身を切る姿勢を示したわけだが、ストの出口はどこなのか。うんざりしながらも、「花の都」についてぼんやりと考える毎日だ。
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【執筆:FNNパリ支局 石井梨奈恵・藤田裕介】