フランスでアジア系住民への差別

新型コロナウィルス
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「私はウイルスではありません」
これは、ツイッターなどで、拡散されている言葉だ。

フランスで新型コロナウイルスが確認されたのは1月24日。その後も感染拡大は続き2月2日現在6人に達している。以来、アジア系の住民に対する嫌がらせや差別が起きているという。こうした差別に対抗するため、「Je ne suis pas un virus=私はウイルスではありません」という言葉がハッシュタグ付きで拡散されているのだ。

フランスメディアによると、パリと郊外を結ぶ電車でマスクをつけていた中国人研修生が乗車を拒否されたり、学校では子供たちが差別的な言葉を投げかけられたりということが起きているという。さらに、『黄色いアラート』という言葉で飾られた地方紙が販売されたが、黄色人種に対する差別的な表現に批判が集まったため、新聞社が「ショックを受けた方々にお詫びします」と謝罪のコメントを出した。

「黄色いアラート」と題されたフランスの地方紙「クーリエ・ピカール」
「黄色いアラート」と題されたフランスの地方紙「クーリエ・ピカール」

フランスでは、以前から特に中国系を主な標的とするアジア人差別が問題になっている。
パリ郊外では、アジア系フランス人を狙った暴力事件が相次いでいて、警察によると2018年5月からの1年間に114件の襲撃が起きている。

フランスを訪れて高級店で爆買いをする中国人観光客のイメージが定着しているためか、アジア人は現金をたくさん持っていて裕福だ、という思い込みが拡がっていることが、原因のひとつになっている。

そうした、フランス社会の土台に以前から見られる差別の上に、今回の新型コロナウイルスの発生で、アジア人社会からは「差別が助長されるのではないか」と心配の声が上がっている。

タクシー運転手が「中国人は乗せない」

一方、パリ中心部で過ごす私は、フランスで新型ウイルスが確認されて以降、まだそうした嫌がらせに遭遇していない。生活はいつも通りで、地下鉄で避けられるようなこともなかった。しかし、なるほど自分も警戒の対象になっていると思い知る日が来た。

WHO=世界保健機関は、1月30日、新型コロナウイルスをめぐる状況が、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態宣言」にあたると判断した。スイス・ジュネーブのWHO本部での取材を終えて、パリ郊外のシャルル・ド・ゴール空港に到着し、タクシーに乗ろうとした時だ。並んでいたタクシーの複数の運転手たちが、私たちが乗り込もうとしたタクシーの運転手に対して、「マスクをつけろ!」というジェスチャーをしたのが見えた。

そして、運転手はこわばった表情で、「どこから来たのか?」と私たちに尋ねた。「パリを拠点に活動している日本人ジャーナリストで、ジュネーブから戻ったところだ」と答えると、安心して「それなら乗っていい。中国人は乗せない」と言ったのだ。

乗車後、運転手に対して「中国人は乗せないように言われているのか」などと質問を重ねると、「質問しすぎだ。言えないこともあるんだ!」といら立ちを見せ始めた。ただ、「どうやって中国人だと分かるのか」との質問に対しては、「中国人はマスクをしているから分かる」との答えが返ってきた。

自分が警戒の対象になっていると認識する初めての体験に、私はしばらく驚いて黙り込んでいたが、しばらくすると運転手は「気を悪くさせたかもしれない」と気まずそうに謝罪の言葉を口にした。

ただ、これが差別かというと、そうとも言えない。空港という、いわばもっとも危険性の高い場所で、直接的な被害を受けるかもしれない職業の人たちが警戒するのは当然だと思う。中国国内で死者が増加し続け、正体がいまだに詳しくわからないウイルスに対する恐怖感もあるだろう。「逆の立場なら、同じように感じるだろう」と思った。

パリの百貨店でマスクをする観光客
パリの百貨店でマスクをする観光客

「マスクをしたアジア人は“恐怖”」

翌日、パリ市内を走る別のタクシーの中で、新型ウイルスについて再度尋ねてみた。
すると、運転手はハンドルを握ることを忘れるほどのジェスチャーを加えて、語ってくれた。「これまでは特に気にしていなかったのだが、昨日、モンパルナス駅で中国人を乗せたんだ。すると、その中国人が咳をし始めてね!(頭を抱えて)『なんてことだ!もう死ぬよ。どうしよう!』って思って、窓を開けたけど他にどうしていいかもわからなくて、気が気じゃなかった。中国人は乗せないと言っている同僚もいるし、中国人だけでなく韓国人も日本人も乗車を拒否するという同僚もいる。昨日、母親から『アジア人は乗せるな』と言われたよ。最初はそこまで気にしていなかったけれど、フランスでの感染者が増えてくるとだんだん怖くなってきた。テレビでは、専門家が『中華料理を食べても感染しない』と言っていたから、数日前寿司を食べに行ったけれど(そもそも、寿司を中華料理だと勘違いしている)、感染者がもっと増えてきたら、中華料理のレストランにはもう行かないね。それに、あのマスクはなんなんだ?なぜアジア人はマスクをするんだ?恐怖を感じるよ」

フランスの人たちにとって、中国人なのか、韓国人なのか、または日本人なのかははっきり区別しにくいことを改めて感じる会話だった。また、フランスでは、「マスクをする」=「なんらかの重大な病気を持っている」と見られるので、マスクをする習慣がない。やはり、彼らにとってマスクをつけたアジア人は、特に現在の状況において、恐怖の対象でしかないようだ。

一方、私が空港で経験したことを話すと、「それは差別とは言えない。身を守るためだから仕方ない」という見方を示していた。

百貨店の店員がマスクで対応

さらに、中国人観光客が最も多い、オペラ座界隈の雰囲気を見に行ってみた。大通りに観光バスがずらっと並び、多くの中国人観光客が列をなして百貨店に入っていくというのが、日常的な光景だ。

百貨店の店員たちは、どのように対応しているのか気になった。水色や黒色のマスクをした中国人観光客があちらこちらに見られた以外に、驚いたのは、フランスの高級ブランドの店員がマスクをして接客をしていたことだ。

マスクする高級ブランドの店員
マスクする高級ブランドの店員

店員がマスクをするかどうかについては、フランスでも意見が分かれている。
フランスメディアによると、この百貨店の別の高級ブランドの店員は、自分の売り場の店員たちにマスクをつけないよう求めているという。なぜならば、「フランスでは、マスクをつけているのは病気である証拠であって、他人への配慮という意味にはならない。だから、同僚たちには、パーティーに行くのをやめてビタミンCをとり、疲れを見せないようお願いしています。そうでないと、お客様からコロナウイルスを持っていると思われてしまうから」。

この百貨店でアジア人がどういう対応をされるのか気になって、買い物をしてみた。すると店員が、「日本人ですか?パリに住んでいる日本人?」と、とても軽やかに、そしていかにも普通の会話のごとく尋ねてきた。
「なるほど、普通の会話と見せかけて中国人ではないか確認しているのだな」と思った。これまで、この百貨店で一度もこのようなことを聞かれたことがないからだ。

パリには、中国人街がいくつかあるが、春節のパレードはキャンセルされ、春に延期された。
人通りも少なくなったパリ13区の中国人街では、それでも春節を盛り上げようとする若者たちが獅子舞を披露し、足を止める人々に対し、「もっと前で見てください!」と声をかけていた。
しかし、聞こえてきたのは、「春節の祭りは、キャンセルされたんじゃなかったか?そう聞いたはずなのに」とつぶやくフランス人の声。そして、太鼓の音が心なしかむなしく響いていた。

パリ13区の中国人街
パリ13区の中国人街

【執筆:FNNパリ支局長 石井梨奈恵】

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石井梨奈恵
石井梨奈恵

元パリ支局長。2021年より、FNNプライムオンライン担当。これまで、政治部記者、 経済部記者、番組ディレクターなどを経験