能登半島地震以降、石川県の奥能登2市2町では出産できる病院がなくなった。住民が最後の望みを託すのが、県が能登空港近くに整備を予定する新病院への産科設置だ。しかし、県や医療関係者は安全面や人材確保を理由に難色を示し、加速する人口減少に危機感を募らせる地元自治体との意見は平行線をたどる。片道1時間半かけて通院し、切迫早産で緊急入院を余儀なくされる妊婦もいる。地域の存続がかかる問題を追った。

「若い人は住むなと言っているのに等しい」市長たちの叫び

この記事の画像(19枚)

「そこは住むところじゃないぞと。若い人は奥能登に住むなと言ってるのに等しい」
「やっぱり輪島市から出ていかなければならないのかと」
今年5月に開かれた検討会。珠洲市の泉谷満寿裕市長、輪島市の坂口茂市長ら奥能登の首長からは、悲痛な叫びが上がった。議題は、県が整備を検討している新病院で、分娩を可能にするかどうか。この問題は、地域の未来を左右する極めて重要な課題となっている。

新病院の計画は、奥能登2市2町の要望を受け、県が2年前から検討を進めてきたものだ。各市町には夜間診療や救急に対応する総合病院があるものの、加速する人口減少の中で単独での維持が困難となり、機能を集約した新病院の整備を県に求めた経緯がある。

その中でも、地元が最も強く求めてきたのが産科の設置だった。
珠洲市の泉谷市長は「なんと言っても産科をぜひとも設けていただきたい。これに尽きます」と強調し、新病院の整備と分娩の実施は切り離せないと主張する。
「分娩可能な産科がないところで若い方が暮らしていけるのかと。これからの能登の復興を目指す上でも分娩が可能な産科の設置というのは新病院にとって必須である」

なぜ分娩ができないのか?県が示す“2つの壁”

しかし今年5月、県は「新病院で分娩は行わない」という考えを示した。その背景には、奥能登における分娩数の減少と、医療従事者の確保という2つの大きな壁がある。

奥能登地域における分娩数は、出生数と共に減少し続けてきた。2018年には180件あった分娩数は、能登半島地震の発生以降ゼロとなり、出生数も140人まで落ち込んでいる。
一方で、安全な分娩体制を維持するためには、複数の産科医や助産師に加え、手術に対応するための麻酔科医や小児科医も必要となる。医療従事者の確保が全国的に困難な中で、人口減少が進む奥能登に万全の体制を整備することは現実的なのか。

この課題に対する解決策として県が示したのが「ワンホスピタル構想」だ。妊婦健診や産後のケアは新病院で行い、分娩はこれまで通り七尾市や金沢市内の病院で行うというもの。これにより、妊婦の健診における負担は軽減されるが、奥能登で子どもを産むことはできないままだ。

「医療訴訟になる」専門家が語る安全確保の難しさ

医療の現場からも、安全性を最優先すべきだという声が上がる。検討会のメンバーで、七尾市で産科を持つ恵寿総合病院の神野正博理事長は、現代における出産の安全に対する要求の高さを指摘する。
「今の人たちは、お産で死産になるとか、お母さんが具合が悪くなるっていうことはあり得ないし、それは医療事故、医療訴訟になってくるわけですよね。医療安全をちゃんとやってくださいということを言われるならば、やはりそれだけの人員・設備を投入しなければいけないんですよ」

検討会の谷内江昭宏座長も、機能分担の有効性を説く。
「分娩だけは設備やチームの整ったところでするけれども、それ以前のケアであるとか出産後のお母さんとか子どものケアは元の場所(新病院)に戻って行う。それが全体として一つの病院としての機能を満たしているのであれば、無理して奥能登の病院に、そういうチームを出産が少ないのに置きっぱなしにするよりは、経済的にももちろん良いし、安全の面でもずっと良いのかなと」

専門家からは、限られた医療資源を効率的に活用し、安全性を最大限に確保するためには、集約化と連携が不可欠だという意見が示されている。

人口減少率“全国ワースト” 地域の存続かけた訴え

県の提案に対し、奥能登の市長・町長が強く反発する最大の理由は、加速する一方の人口減少だ。

去年10月1日時点の国勢調査の速報値によると、5年前と比較した奥能登2市2町の人口減少率は25%に達する。特に珠洲市は34.04%減と全国で最も高く、輪島市も26.56%減で全国第3位という深刻な状況だ。このままでは地域が消滅しかねないという危機感が、産科設置への強いこだわりに繋がっている。

住民からも切実な声が聞かれた。珠洲市の住民は「(産科は)絶対にいります。今の泉谷市長と一緒で。だって人口が減っているのは事実でしょ」「子どもを増やそうとしないのに金だけ取ろうというから馬鹿野郎としか言えんよね。せっかく新しい病院作るのなら、小さくてもいいから(産科が)あればいいよね」と話す。

一方で、医療体制の難しさを理解する声もある。
「個人的には作って欲しいなとは思いますけど、なかなか医療体制としては難しいのかな」「あったほうが良いなと思うし、ただ人員の問題と言われたら何も言えないなと思います」
地域の願いと、医療提供体制の現実との間で、住民の思いも揺れ動いている。

「普通の妊婦ならありえない」片道2時間、雪道運転も…当事者の過酷な現実

現在、奥能登の妊婦たちは、七尾市以南の病院での出産を余儀なくされている。その道のりは決して容易ではない。
能登町在住で妊娠9カ月の女性は、車で片道1時間半かけて七尾市内の病院へ健診に通う。地震の影響で道路状況は悪く、移動中の振動で常にお腹が張るという。「普通の1時間半じゃないですよね」と医師も同情する。この日、女性は診察後、切迫早産のリスクがあるとしてそのまま入院することになった。

後日、女性はこう語った。
「たまたま健診で先生が言ってくれて入院させてもらったから良かったんですけど、もしそれが自宅とか能登町の方で症状が出たときにすぐ対応してくれるわけじゃないので」
そして、新病院には産科を整えてほしいと訴える。
「ぜひ。それがないと子どもがどんどん減っていきますし、産める環境が無ければそこに住もうっていう気にもならないんじゃないかなと思います」

2カ月前に出産した珠洲市の女性は、片道2時間以上かけて七尾市の病院に通っていた。
「雪が降っているなかで行かなくちゃいけなかったので、何時に出れば良いのかなとか、家族もわざわざ休みを取ってもらわないといけなかったりとか。自分で運転できる人は本当に出産直前まで自分で運転して行ってたみたいで、普通の妊婦さんだったら絶対止められるし、ありえないことだと思うんですけど、そうしないといけない状況が能登では普通なんだなって思います」

奥能登の未来を左右する判断 結論は8月中に

医療の安全か、それとも地域の存続をかけた住民の願いか。新病院に分娩機能を持たせるかどうかの判断は、極めて難しい局面を迎えている。

この問題については、医師や奥能登2市2町の副市長・副町長らでつくる分科会で検討が進められている。県は、24日に輪島市でタウンミーティングを開いて住民からも直接意見を聞くほか、同日には、分科会も開き、最終的な方針を8月中に決定する予定。その結論は、奥能登でこれから生まれてくる子どもたちの、そして地域そのものの未来を大きく左右することになる。

(石川テレビ・7月15日放送)

石川テレビ
石川テレビ

石川の最新ニュース、身近な話題、災害や事故の速報などを発信します。