西日本豪雨から8年。
12人が犠牲となった熊野町の団地で先週末、追悼行事が開かれました。
災害への備えと当時の記憶の伝承に取り組む活動を取材しました。
熊野町川角にある団地「大原ハイツ」の公園に、先週土曜日(7月11日)、地域の住民たちが集まりました。
100個用意された風船にそれぞれ、メッセージを書いた紙とこの団地で育てたヒマワリの種をくくりつけます。
【被災者女性】
「書いた?これも見せとく?これから災害がなく、みんなが安全に過ごせますように。と書かせてもらいました」
「大原ハイツ」では8年前の7月6日、土石流が発生し、子どもを含む12人が犠牲となりました。
先月27日、災害後に整備された大原祈念公園に設置された献花台に、比治山大学の講師、山口梨江さんと学生たちの姿がありました。
【比治山大学 現代文化学部 山口梨江 講師】
Q:献花台を作るのは初めて?
A:初めてです。
山口さんは、去年から、大原ハイツで被災した住民の聞き取り調査などを始め、災害の記憶の伝承について研究を進めています。
【比治山大学 現代文化学部 山口梨江 講師】
「広島は被爆都市でもあり被災都市でもあるので、そういう意味では語り継ぎっていうことを考えていくべき場所なのかなと個人的に思っていて」
山口さんと一緒に作業するのは大原ハイツに住む、小川直明さん。
8年前、ここで被災し、現在は大原ハイツ「復興の会」の代表を務めています。
今年も、慰霊のための献花台が完成しました。
【大原ハイツ復興の会 小川直明 代表】
「出来る事を続けていきたいと思っていますが、だんだん年を取ってきてしんどくなってくる」
災害から8年を迎えた今月、6日。
小川さんの姿は地元の小学校にありました。
児童に被災当時の様子を伝えます。
【大原ハイツ復興の会 小川直明 代表】
「命を守るために何が出来るのかという事を考えてもらいたい」
全校児童およそ250人を前に語るあの日の記憶。
【大原ハイツ復興の会 小川直明 代表】
「突然大きな音がして1回目の土石流が来ました。さっきまでいた坂道を岩や木や濁った水がものすごい勢いで流れていきました。あのまま坂道にいたら私たち家族はきっと死んでいたと思います」
小川さんが子供たちにどうしても伝えたい事…。
【大原ハイツ復興の会 小川直明 代表】
「みなさんにはこんな思いをして欲しくないんです。何かが起こる前に安全な場所に避難する事が大切な命を守る一番確かな方法なのです」
災害から8年の月日が流れ、当時を知らない子供たちも少なくありません。
【小学5年生】
Q:災害があった時の事は憶えていますか?
A:憶えてないです。何人もの命がなくなったので怖いと思いました。
【小学5年生】
「災害で幸せな思いを壊さないようにという事が心に残りました」
「復興の会」が実施する「追悼の風船飛ばし」は、2021年にスタートしましたが、資金難もあり、23年を最後に途絶えていました。
しかし、ことし、山口さんの協力も得て、復活。
会場には被災者の姿もありました。
【西日本豪雨の被災者】
「思い出したくないとまではいかないけど、思い出すと怖かったなという思いはします」
「死ぬかと思ったし、雨の警報の携帯のアラームが怖い。あの音を聞いたらすごく思い出す。あった事は話したいと思います。私は・・・。話すべきだと思う。それは私は家族全員が逃げられた上で家に被害がなかったからそう言えるかなとも思う」
家などを失った人にとっては思い出したくない記憶でもあります」
【西日本豪雨で家を失った人】
「こっちに帰ってくると思い出します。聞かれれば話しますけど温度差が違う。経験した事がない人は分かってもらえないし」
山口さんは聞き取りをする中で、災害の伝承の在り方に疑問を抱いていました。
【比治山大学 現代文化学部 山口梨江 講師】
「いわゆる語り部の役割を(被災者に)押し付けるというか、被災した後に一生懸命に日常に戻っていこうとしている人たちに、いつまでも被災者でいてもらうことを強いることはどうなんだろう・・・」
災害の記憶をつなぐことは容易ではありません。
【比治山大学 現代文化学部 山口梨江 講師】
「当事者に依存しない防災や語り継ぎなど、持続可能なものを考えていけたらいいと思って」
今回、100個の風船を飛ばすのは子供たち。
【比治山大学 現代文化学部 山口梨江 講師】
「みんなが笑顔で過ごせるように」
「では、せ~の、どうぞ」
青空に舞い上がっていく風船。
そこに集う人々。
これも「継承」の在り方だと山口さんは感じています。
【比治山大学 現代文化学部 山口梨江 講師】
「これって何のためか良く分からないけど、風船きれい面白そうとかいって来て、ちなみにこれは何でやってるで初めて会話が生まれるで私は全然いいと思う。それが災害の記憶が地域の記憶となって、その場で経験していない人たちも自然に災害を語れるようになる」
災害で亡くなった人への追悼と2度と大切な人を失わないようにという防災の願いが込められた風船。
【中学3年生】
「災害の翌日に車が渋滞していたのを覚えています」
「今後こういう事がないという祈りと、そういう願いを込めて飛ばすものだと思っています」
「今から災害が記憶にない人が増えてゆくので、風船をきっかけに話をする事が増えてゆくと思う」
【比治山大学 現代文化学部 山口梨江 講師】
「きょう風船を飛ばして何かが大きく変わるわけではなくても、何か色々な事を工夫しながら続けていくしかないのが防災なのかなと思う」
西日本豪雨から8年。
住民たちが笑顔で過ごせるよう、手探りの防災活動が続けられています。
