備前焼作家で人間国宝の伊勢崎淳さんが7月11日に亡くなりました。伝統的な作品だけでなく、ある出来事をきっかけに斬新なデザインの現代的な作品にも意欲的に取り組むようになった伊勢崎さん。OHKの映像でその足跡を振り返ります。
◆「それしか私の道はない」亡くなる前年も新作への意欲を見せていた伊勢崎さん
2025年秋、伊勢崎さんは今後の目標を語っていました。
(伊勢崎淳さん)
「新作を作りたい。90歳だからどこまでできるか分からないが、それしか私の道はないのでなんとか行けるところまで行きたい」
千年の歴史を持ち、「土と炎の芸術」と呼ばれる備前焼。その長い歴史の中で、ただ伝統を守り、伝えるだけでなく、常に新しいものを生み出し、革新的な作品作りに向き合い続けた人生でした。
◆備前焼作家で県重要無形文化財保持者・伊勢崎陽山の次男として生まれる
1936年、備前焼作家で岡山県重要無形文化財保持者だった父・陽山の次男として備前市に生まれた淳さん。20代の頃には中世の穴窯を復元、伝統的な技法の研究に取り組みました。
◆伝統的な技法の研究に取り組む伊勢崎さんを突然襲った病 病名は「網膜剥離」
そんな伊勢崎さんが突然の病に見舞われたのは40代の頃でした。
(伊勢崎淳さん)
「目の病気で目が見えなくなった。その時に考えた。これからは思い切り自分の好きなこと、やりたいことをやろうと」
網膜剥離を患い、2カ月間、暗闇の中で考えていたのが、自分の気持ちに素直に、作りたいものを作り、備前焼の可能性を広げることでした。
Q:備前焼にはどんな可能性が?
「無限にある。25年やっていてまだいくらでもある」
◆総理官邸の陶壁も…備前焼の可能性を広げるために暗闇の中でも新しい”世界”を追い求めた
より斬新なデザインの器、より大きなレリーフやモニュメント。追い求めた新しい備前焼の世界は鑑賞する人をうならせ、伊勢崎さんの代名詞となっていきました。
2002年に完成した総理官邸の陶壁も伊勢崎さんの作品。2004年、伊勢崎さんは備前焼作家としては5人目の人間国宝に選ばれました。
◆人間国宝に選ばれた当時に伊勢崎さんが語った「作品作りに臨む姿勢」
当時のインタビューで、作品作りに臨む姿勢についてこう話しています。
「今でこそ昔のものだから見慣れていて何とも思わないが、当時は革新的で新しい作品。そういう新しいものの連続が伝統を作り上げている。現代の人間は良いものに触れて現代の作品を生み出していかないといけない。そういう思いで自分なりの個性と独自性を持ったものを作っていきたい」
Q:デザインが頭に浮かぶのはどんな時?
「常日頃、いろんなものを見てヒントにする。そういったものの積み重ねの結果、自然に出てくる。自分の作品には失敗がない。失敗しかけたらごまかして何とか良いものにする」
◆遺作は「一番の出来栄え」と評価できる大作 後進作家へのメッセージを遺し旅立つ
そんな伊勢崎さんの遺作とも言える大作が2025年に開館した備前市美術館のモニュメント、「土と炎の記憶」です。
60年以上に及ぶ作陶生活の最期に「一番の出来栄え」と評価できる作品と後進の作家たちへのメッセージを遺し、伊勢崎さんは旅立ちました。
「備前焼の持つ特徴を最高に生かした独特の焼き物をめざしてほしいと思う。そのためには世界に目を広げないと良いものはできない」
