一枚の写真から街を再発見する「兵動大樹の今昔さんぽ」。
今回の舞台は、大阪・淀屋橋だ。
兵動さんが今回手にしたのは、1930年(昭和5年)ごろに大阪市で撮影された1枚の古い白黒写真。
写真には、洋風のビルが写っており、建物の前の道路はまだ舗装されていない。
そして建物の正面には、リボンのような不思議な飾りが確認できる。
さて、写真の場所は見つけられるのだろうか?
■淀屋橋エリアは“奇跡のエリア”だった
淀屋橋周辺は、第2次世界大戦の大阪大空襲の際、奇跡的に被害が少なかったエリア。
そのため、現在も歴史ある建物が数多く残っている。
さっそく街を歩き始めると、ひときわ目を引く古い建物が現れた。
大阪市立愛珠幼稚園だ。
1880年(明治13年)に開園した現存する大阪最古の幼稚園で、現在の園舎は1901年(明治34年)に建造されたもの。
兵動大樹さん:これは昭和5年通り越しているというか、逆にもっと前やんね。

■辰野金吾設計のビルに潜入!ミシュランも認めたフレンチが味わえる
続いて兵動さんが向かったのは、赤白のストライプと緑のアーチが美しい洋風レトロビル「NELU高麗橋」。
東京駅や大阪市中央公会堂も手がけた建築家・辰野金吾が設計した、築114年の歴史的建物だ。
ビルの中は白いソファが並ぶ洋風のロビーが広がり、オープンしてわずか1年でミシュランガイドにも掲載された本格フレンチのコースを楽しめるレストランがある。
しかし、ここには残念ながら手がかりなし! 聞き込みは続く。

■船場倶楽部で大発見!“大大阪時代”の栄華と空襲の記憶
次に兵動さんが訪れたのは、街の有志が集まって作られた地域活性化のための組織「船場倶楽部」。
兵動大樹さん:この界隈って古い建物残っていません?
船場倶楽部 理事・池田吉孝さん:昭和の初めに“大大阪時代”といって、大阪が潤った時代があったんですよ。東京市を抜いて。そのときに富が集まって建物がたくさんできました。
梅田周辺はその頃まだ繁華街ではなく、当時の中心地は船場エリアだった。
すると、池田さんから「船場ビルディングに似ているのでは?」というヒントが!
淡路町通にある船場ビルディングへと向かう。

■ついに判明!大正14年築・船場ビルディングの驚くべき秘密
写真と現地を見比べてみると、窓の感じがそっくり。
桃井商事取締役・藤本順子さん:このビルで間違いないです。当時は職住一体型のビルといって珍しく、大阪では第一号と言われています。
今回は1930年、昭和5年ごろに大阪市で撮影された船場ビルディングの写真だったのだ。
このビルを建てたのは、化粧品会社で財を成した桃谷政次郎氏。
1925年(大正14年)に建てられたこのビルは5階建てのビルとして、梅田からも見えるほど目立つ存在だったという。
貸し出している82室のテナントは満室で、常に空き待ちがでるほどの人気ぶり。
兵動大樹さん:大正時代に建ったというビルです。いまだに残っていますよ。入りたい方、順番待ちですよ!
(関西テレビ「newsランナー 兵動大樹の今昔さんぽ」2026年6月26日放送)


