富山県内に住む外国人の数が過去最多を更新するなか、医師として奮闘するエジプト出身の26歳がいます。なぜ富山で暮らすことを決めたのか、思いを聞きました。
「おはようございます」
朝8時前。済生会高岡病院に出勤したのは、エジプト出身のハズィム・アラーさん、26歳です。
研修医のハズィムさん。朝は指導医とともに回診し、患者一人ひとりの容体をカルテにまとめます。
患者や医師とのやり取りもすべて日本語です。
(指導医とのやりとり)
「この感じだと(大動脈弁が)開いている感じですか?血圧が極端に下がるようなことがあったら、(強心薬を)いれないといけないこともあるんですか?そうですね。もちろん」
*済生会高岡病院 循環器内科 鈴木崇之部長(指導医)
「見た目は確かにエジプト人が日本人より日本人らしい所もある。例えば言語、そして陽気でアクティブなキャラクター、ムードメーカーになっていて、病院にとってはいい影響」
*研修医(1年目)
「最初の印象?エジプトの人がいる。いつも頑張って働いていて、英語とかも得意で、外国の方の対応も頼りになる」
ハズィムさんは2歳のときに家族とともに来日し、高校まで金沢市で過ごしました。その後富山大学医学部に進学。
日本で暮らし始めて今年で24年になります。
*ハズィム・アラーさん
「医者になろうと思ったのは中学校2年生。すごく好きなおじいちゃんが亡くなった。その後分かったのが、肺がんの背骨への転移だった」
医師を目指すきっかけとなったのが、エジプトに住む祖父の死です。
現地の病院では肺がんが見過ごされ、亡くなった後にがんと診断されました。
*ハズィム・アラーさん
「僕が医者になって、何か変わることがあったら変えてみようかなと思った」
研修医2年目の今は、様々な診療科を経験し、救急の当直も担います。
(救急当直のやりとり)
*ハズィム・アラーさん
「今一番つらいことはなんですか?呼吸?息しづらいね」
*研修医(1年生)
「採血見てから?」
*ハズィム・アラーさん
「採血見てからでいい」
*研修医(1年生)
「帰れるかな」
*ハズィム・アラーさん
「落ち着けば帰れる気がする」
一方、ハズィムさんにはもう一つの顔が。
*ハズィム・アラーさん
「主審を務めるハズィムです」
休日は白衣ではなく、黒いユニフォームをまとい、ピッチに立ちます。
「頭皮の日焼けが最近ひどい」
サッカーの2級審判員の資格を持ち、この日は社会人サッカー選手権の県大会決勝で、主審を務めました。
*ハズィム・アラーさん
「サッカーがすごい好き。やるのも、みるのも、審判するのも全部好き。良い舞台にかかわれるところが一番いい。審判は大変だが、気分転換にもなるし、楽しいと思ってやっている」
医師と審判の「二刀流」、仲間も応援しています。
*審判員
「堂々とやってくれているので、審判チームとしてはよかった」
*審判員
「(審判員)1級に近いレベルでもあるから、両立の大変さはあるけど、応援したい。支えてあげたい」
人生のほとんどを日本で過ごしてきたハズィムさん。かつては外国にルーツを持つからこその悩みがあったといいます。
*ハズィム・アラーさん
「髪の毛がくるくるだ、変だ、色が違う、宇宙人だと言われたことが小学校の時はあった。子どもたちは悪気がないと思うが、嫌な気持ちになる時もあった」
宗教や文化の違いで戸惑うことも少なくありませんでした。
*ハズィム・アラーさん
「イスラム教徒なので、肉の制限がある」
Q.学校の給食は?
「食べられるものだけ食べて。日によって、ひどい時はご飯と牛乳だけのこともある。日本の独特の文化で、あまり違う人でありたくなかった。食べられるものを食べて、ひっそりとしていた」
そのなか、小学校の担任の先生の言葉が大きな支えとなりました。
*ハズィム・アラーさん
「日本人がエジプトに行ったら少数派になるよ」と言ってくれた先生がいて、その先生が「この子3ヵ国喋れるよ」と紹介してくれて、「アラビア語のバカって何と言う?」とか小学生らしいの会話が始まり、いい関係を築いていけることになった」
いま務めている病院でも食事や礼拝の場所など、柔軟に対応してもらっているといいます。
そして、ハズィムさんは重い決断をしました。
*ハズィム・アラーさん
「日本国籍を取得した。日本でこどもから育ってきた、日本人として生きていきたいと思った。結局は書類上の区分であって、自分はエジプト人でもあり、日本人でもある。ただ出身はエジプトに変わりない」
ハズィムさんが目指しているのは「眼科医」。今後も富山で医師を続けていきたいと話します。
*ハズィム・アラーさん
「医学に関しては全部富山で学んできているので、富山は僕を医者として育てくれたところ。金沢に帰ろうと最初は思っていたが、富山は住みやすいと思ってきた。のどかで自然豊かで立山の景色もきれい。県民性もいい」
Q.今のハズィムさんを見て祖父は何と言うと思う?
*ハズィム・アラーさん
「眼科か!肺がんだったのに、眼科かと思われるかもしれない。よくやったと言ってくれるかもしれない」
ハズィムさんになぜ眼科医を目指すか聞いたところ、子どもから大人まで様々な患者と接することができ、「見えない人を見えるようにすることに大きなやりがいを感じるから」と答えていました。
そして、ワークライフバランスを大事に、サッカーの審判員との二刀流もずっと続けていきたいと話していました。
