近年、奈良公園で異変が起きています。シカとふれあうための定番アイテム「鹿せんべい」が、売り切れになるという事態が相次いでいるのです。

現場では「売り切れると思ってなくて」という観光客の戸惑いの声が上がります。

その背景には海外からの観光客が増加し、需要が高まっているほか、シカの頭数自体が増えているという実態や、「神の使い」であるシカが食べる「鹿せんべい」を作れるのは、限られた許可を受けた奈良県内5カ所の製造所のみという事情がありました。

かつては十数カ所の製造所があったものの、後継者不足などを理由に減っていき、残ったところも人手不足などから、増産は難しいといいます。

「手一杯。ほんまの手一杯。追いついてません」という切実な言葉も聞こえてきました。

■「ソールドアウト」 昼過ぎから6カ所で完売

奈良公園では今の時期、シカの出産シーズンが重なり、生まれたばかりの子ジカが自分の足で立ち上がる場面が見られることも。

そんなにぎわいの中で、鹿せんべいの販売書の前には、長い行列ができていて、午後2時すぎには完売となりました。

この日は、取材班が確認できただけでも、6カ所の販売所で完売となっていました。

「今ちょうど探し始めたところで、ないなという感じですね」と話したのは福岡から訪れた観光客です。

初めて奈良を訪れたというポーランド人観光客も「鹿せんべいは買えなかったよ、残念だ」と肩を落としました。

鹿せんべいはこれまで売り切れることがほとんどなかったといいます。一体、何が起きているのでしょうか。

■売り切れの背景には 2つの要因

鹿せんべいの販売を管理し、収益を保護活動に充てている一般財団法人「奈良の鹿愛護会」の中西康博副会長は、要因の1つとしてインバウンドを含む観光客の増加を挙げます。

【中西康博副会長】「やっぱり外国人の方が、たくさん来ていただいたというのはあるでしょうね」

しかし、問題はそれだけではありません。シカの頭数そのものが増えていることも、売り切れを加速させている可能性があるといいます。

2025年7月に実施した頭数調査では、奈良公園のシカは1465頭と過去最多を更新しました。

【中西康博副会長】「今度(今年)7月に頭数調査をやるが、多分1700頭いくのではないか」

観光客の餌やりなどの影響で栄養状態の良いシカが増え、その結果として頭数が増加しているとみられています。

増えたシカが鹿せんべいを求めるようになり、観光客の購入とも重なることで、供給が追いつかなくなっている可能性があるというのです。

■県内5カ所のみ 許可制が守る伝統と生む制約

では、鹿せんべいを増産すればいいのではないかと思ってしまいますが、そうはいかない事情があります。

“神の使い”が食べる鹿せんべいを作ることができるのは、県内5カ所の製造所のみ。明治時代から、限られた業者に対してのみ製造の許可が与えられてきたという歴史的な背景があります。

取材班は100年以上鹿せんべいを作り続けている武田俊男商店の三代目・武田豊さん(78)を訪ねました。

製造所の奥では、鉄板に生地が乗せられ、次々と焼かれていく鹿せんべいの様子が見られました。多い時には1日1万5000枚を製造するといいます。

原料はシカの健康を考えて「米ぬか」と「小麦粉」のみ。仕上げにシカが食べても安全な紙と糊で束ねて完成です。

さらに、奈良の鹿愛護会が発行する印紙が貼られていなければ、奈良公園では絶対に販売できないという厳格な仕組みになっています。

武田さんのお店が鹿せんべい作りを始めたのは大正6年、春日大社から許可を受けたことがきっかけでした。

ただ、鹿せんべいの歴史はさらに古く、江戸時代の奈良の茶屋を描いた絵にも、丸いせんべいのようなものとシカがそれを食べる様子が記されているといいます。

■「朝6時から夜8時まで毎日」 増産できない現実

現場の実情はさらに厳しいものがあります。

かつては10数軒あったという製造業者は、後継者不足などを理由に次々と廃業し、現在の5カ所にまで減少しました。

武田さんは「50〜60年前の話ですけど、昔は十何軒ありました」と振り返ります。

残った製造所は現状、限界に近い状態で稼働しています。

【武田豊さん】「増産は頑張って、夜も寝ないでやらないといけないということになります。難しいです。もう朝6時から、午後7〜8時までしています、毎日」

業者数の減少だけでなく、製造現場での人手不足も深刻です。

他の観光地でもオーバーツーリズムの影響で働き手の確保が難しくなっており、鹿せんべいの製造現場もその例外ではありません。

■鹿せんべいの代わりに人間のお菓子は「厳禁」 穴場の自販機も

鹿せんべいが手に入らないからといって、代わりに人間のお菓子などをシカに与えるのは厳禁です。シカの生態系に悪影響を与えるリスクがあるためです。

そこで取材班が見つけたのが、奈良公園内に2カ所設置された鹿せんべいの自動販売機です。春日大社の駐車場などに設置されており、店頭の200円に比べて1000円と価格は高いものの、取材班が夕方に訪れた際にはまだ売れ残っていました。

鹿せんべいを入手したい場合の選択肢の1つとして、こうした穴場スポットを事前に把握しておくことも有効かもしれません。

■「売り切れ御免でいい」 100年先を見据えた愛護会の姿勢

鹿せんべいの人気と、増産の難しさについて、奈良の鹿愛護会の中西副会長は、対策などは考えていないと話します。

【中西康博副会長】「この体制の中でやれる範囲でやればいい。日本語で言うと『売り切れ御免』。ほんとに『売り切れごめんなさい』で、僕はいいと思う。人間がむやみやたらにこれ以上は介入しないよね。それが100年先に続くんやと思います」

頭数が増えることで、公園外に迷い込む「迷い鹿」問題も生じており、保護と頭数管理のバランスをどう取るかという課題も愛護会が継続的に向き合う問題となっています。

「鹿せんべい」の文化は、シカと人間の長い関わりの象徴です。その伝統をどのように守りながら、変化する観光の現実と折り合いをつけていくか、これからも“シッカり”と守り続けていく必要があります。

(関西テレビ「newsランナー」2026年6月30日放送)

関西テレビ
関西テレビ

滋賀・京都・大阪・兵庫・奈良・和歌山・徳島の最新ニュース、身近な話題、災害や事故の速報などを発信します。