「さまざまなニュースのある中、南三陸町の子どもたちを守りたかったのです」
こう語るのは宮城県南三陸町の小松祐治教育長だ。南三陸町では6月、小・中学校に外部講師を招いて性教育のパイロット授業「心と体を守る教育」を実施した。その様子をレポートする。
従来型「性教育」とは違う「心と体を守る教育」
南三陸町が「心と体を守る教育」を行うことになったきっかけは、教育からSRHR(※)に関する課題解決に取り組む公益財団法人プラン・インターナショナル・ジャパン(以下プラン・インターナショナル)との出会いだった。
一般に「性教育」と聞くと多くの人は、これまで行われてきた月経や受精など生殖の仕組みに限定された教育を思い起こす。しかしいま世界では、SRHRを前提とする包括的性教育~生殖だけでなく、健康や身体についての権利や人間関係、ジェンダーや多様性までを学ぶ教育が、国連機関などの推進によって潮流となっている。
(※)Sexual and Reproductive Health and Rights(性と生殖に関する健康と権利)「性や医療に限らず、自分の心と体について知り、尊重し、助け合う力を育む」考え方
従来型の「性教育」が中心の日本の教育現場だが(※)、プラン・インターナショナルでは様々な自治体、教員や専門家と連携しながら、SRHRの教育現場での実現を目指してきた。その一歩となるのが、南三陸町で今回行われたパイロット授業「心と体を守る教育」だ。
(※)文部科学省では自他の心と体を守る「生命(いのち)の安全教育」も進めている
南三陸町が「心と体を守る教育」実施に向けて動き出したのは昨年10月。教育委員会が中心となり、学校長を始め教職員らと半年以上にわたり検討を行ってきた。
「保護者とも2月と4月の2回、学級懇談会の時に授業内容について説明をして理解をいただいてきました。また教育委員や学校運営協議会をはじめ様々な関係機関と情報共有しながらやってきたことが実現できた理由として大きいかなと思います」(小松教育長)
保護者から「学校でやってほしい」が増えている
6月17日、筆者は南三陸町立志津川小学校の授業を取材した。6年生26人の生徒に向けて授業を行ったのは、プラン・インターナショナルと連携し、授業をつくったNPO法人ピルコン(以下ピルコン)だ。代表の染矢明日香さんは、助産師、精神保健福祉士のスタッフと共に、授業の冒頭にこう話し始めた。
「私自身も皆さんくらいの時に、心と体についていろいろ悩んだり困ったりしたけれど、他の人に聞きづらいな、ネットの情報が本当なのかなと不安で悩んだ時期がありました。なので、こういったことを皆さんの時にきちんと知って、友達同士で話して安心できるともっといいなと思いこのお仕事をしています」
ピルコンは、誰もが性の健康と権利を実現できる社会を目指して2013年に設立。それ以来様々な情報発信や、のべ600校以上の小中高校でこうした教育の授業や、保護者向けの講演を行ってきた。いま全国で約60名のボランティアやスタッフがいて各地を飛び回っている。
「私が大学生の時に始めたころは『なんでそんなことしているの』とみられることもありましたが、いまは『大事なことだよね』と受け止められるように変わってきました。保護者からも学校でやってほしいという声が増えています」(染矢さん)
「触られたらいやだな」は自分を守る大事な気持ち
当日の授業は1時間。最初の15分はゲームを行い、児童がリラックスしたところで、まずは「自分を大切にするって?」について授業が始まった。
児童たちには人の身体のイラストが描かれた紙とシールが配られた。そして「他の人に触られたくない部分にシールを貼ってみよう」と声をかけ、児童たちは思い思いにシールを貼った。
染矢さん「これは人によって感じ方が違うので正解はありません。自分だったらどうかなと思って貼ってください。だいたい貼れたら周りの人と見せっこして。でも見られたくないなという人は無理しなくて大丈夫。どうでしょう、同じところも違うところもあるかな」
そして「プライベートゾーン」について説明が始まる。
「触られたらいやだな、こわいなというのは自分を守るとても大事な気持ちです。みんなの体は全部大事だけれど、特に大切なところがあります。プライベートゾーンというんだけど、水着や下着で隠れる部分と口を指します。ここは自分だけの場所です。もし写真を撮らせてとか言われても、撮らないし送らないことを覚えておいてください」
授業の2番目のテーマは「同意」。自分も他の人も大切にするにはどういうことができるのか、「いいよ」と「いや」の意思表示をどうやって言葉と身振りで表すのかを児童たちが考える。また、暴力には4つのかたち、体への暴力、心への暴力、お金の暴力、性の暴力があって、「暴力はどんな理由があっても許されない。暴力を受けていい人はいない。暴力を受けている人が悪いことは絶対にないことを、覚えておいてもらえたら」と伝えた。
「低年齢化」するネットトラブルから身を守る術を
そして最後のテーマは「インターネットを楽しく使うには?」だ。まず「YouTubeやTikTok、オンラインゲームをしたことがある人?」と聞いてみると、ほとんどの児童が手をあげた。
そしてインターネットは世界中の人とつながることができる一方で、「情報がすぐに広がるし、なかなか消せない。だから知らない人と個人情報をシェアしたらいけない。個人情報というと自分の名前や住所だけじゃない」とリスクを伝え、「SNSで知り合った人とリアルに会うのは安全?危険?」と聞いて、SNSの安全な使い方、危険な使い方を児童皆で考えた。さらにメッセージのやり取りについても、マナーや気をつけたいことを伝えた。
授業終了後、染矢さんにインターネットやSNSについて小学生に教える意義を聞いた。
「性的な画像のやり取りもどんどん低年齢化していて、いまは小学校でもそうした話を聞きます。しかしリスクについて周りから話されてこなかったから、軽い気持ちやよくわからないまま撮って送ったりしてしまうのです。だから早めに伝えていったほうが、子どもの安全につながるなと思います」
10代が平日ネットを利用する時間は平均4時間を超える(※)。ネット空間では、子どもたちと一緒にいて守ってくれる家族や学校の先生はいない。だからいまを生きる子どもたちは、リアルだけでなくネット空間でも自分の身を守る術を幼少時から身に付けないといけないのだ。
(※)総務省「令和7年版 情報通信白書」調べ
「自分も友達もより大切にする心が芽生えたら」
今回の授業について小松教育長に尋ねると、参観に来た保護者との会話を思い出しながらこう語った。
「そのお母さんは、ふだんなかなか息子さんとこうした話が出来ないけど、授業を一緒に受けたので家で話題にしてみたいと言っていました。児童たちにとっては、自分も友達もより大切にする心が芽生えたのであればいいなと。この南三陸町の教育現場にとっても大きな機会になりました。来年以降は未定ですが、またできるようになればと思います」
日本では文科省の「生命(いのち)の安全教育」が広がりつつあるが、性の科学的な知識や権利の視点をどこまで扱うかはいまも手探り状態だ。そうしたなか南三陸町は、教育現場と保護者らが対話を重ねながら、「子どもを守る」大きな一歩を踏み出した。地域が「子どもたちに何を伝えるか」を考え選択することが、日本の教育を変える原動力となるはずだ。
(写真すべて ©プラン・インターナショナル)

