仙台市出身の俳優で元AKB48メンバーの岩田華怜さんが、震災をテーマにした朗読劇を手がけました。震災発生から15年が経った今岩田さんには、舞台を通して伝えたいことがあります。
宮城県名取市で上演された朗読劇。
彩「いやー、でも本当、15年ぶりの再会なんて泣けてくるわ!」
笑華「彩、飲みすぎ。」
物語の主人公は東日本大震災で母を失った、27歳の笑華。現実から目を背けるように東京で働いていましたが、震災発生から15年後、初めて、ふるさと・名取市閖上へ帰り、2人の幼なじみとのやりとりを通して、震災に向き合います。
笑華(岩田華怜さん)「私さ、震災の前後の記憶がはっきり思い出せないんだ。調べたらね、大きなショックを受けると、その周辺の記憶を脳が忘れようとするらしくて。そういう人他にも結構いるんだって。」
笑華役の主演は、仙台市出身の俳優で元AKB48のメンバー岩田華怜さん(28)。脚本と演出も手がけました。
作品を書いたきっかけは、AKB48の時から続けてきた被災地での活動です。
岩田華怜さん
「AKBに入って100回以上被災地に足を運んで、この経験、自分が会った人たち、そこで聞いた話、見たものを、いつか作品にしたいというのはずっとあった。中学生くらいのころから。自分が少しでも、地元や今後の未来のために何か役に立てることがあるとしたら、私はやっぱり芝居しかできないなと思って。」
岩田さんがAKB48のメンバーになったのは、震災発生直後の2011年5月。当時、13歳でした。
ふるさとが大変な時に東京へ行ってアイドルになっていいのか。迷いながら活動していた時背中を押してくれたのは、被災地で迎えてくれた人たちの姿でした。
岩田華怜さん
「横断幕で迎え入れてくれて、仮設住宅の前でステージをやるんですけど、みんな雨の中子供たちが何時間も待ってくれて、こうやって見ている私たちのことを。それを見た時に、申し訳ないと思っていたことが申し訳ないというか。自分で決めたんだからやるしかないんだって。そうなれたのは1回目の被災地訪問があったから。」
一方で、被災地出身のアイドルとして震災について聞かれることも多く、登場人物の一人にそんな自分を投影しました。
岩田華怜さん
「私も当時、家は入れなかった時期は長かったですけれども、津波の被害はなかった。内陸だったので。両親も家族も本当に幸運なことに無事で。すごく苦しかったのは、私よりもつらい思いをしている人たちがたくさんいるのに、私が被災者代表みたいな形で何かを発信していいのか結構悩んでいたので、それをちょっと彩に投影した。」
5月下旬、初めての通し稽古が行われました。
演じながら、思いが溢れます。それでも、大切にしているのは冷静に向き合うこと。
岩田華怜さん
「こういう本なので、集中して役に入った時に、結構(涙が)止まらなくなることもあるが、どうしてもこちら側が気持ちよくなっているお芝居には絶対したくないというのがあって、見ている方がどう感じるかを第一で考えて作りたいので、溢れすぎた時は抑えて落ち着いて冷静に行きましょうと」
この作品は、2年前に初めて上演しましたが、作品の舞台である名取市での上演は初めてです。
岩田華怜さん
「名取市に行く(俳優の)皆さんは、現地に来てもらうということで、当事者の方がたくさん見に来てくれると思います。我々ができることは想像して寄り添うことしかないと思うので、どうか皆さん最後まで力を貸していただければ。」
岩田華怜さん「10年後の君へ2026、行くぞ!」 全員「おー!」
名取市での公演は満席となりました。
彩「うちは幸いなことに家も家族もみんな無事で、何の被害もなかった。本当に幸運だったし心から良かったと思う。でも隣で苦しんでいるエミやカズに何の言葉もかけられない自分がもどかしくて悔しかった。」
岩田さん自身を投影した「彩」。物語の終盤、彩が、語り部の中で、子供たちにこう呼び掛けます。
彩「経験してないから、生まれてなかったから、語り部をしたらいけないなんてルールはないんだよ。でももしそれが難しければ、せめて今日という日を覚えていてください。次来る災害のために、未来のために、あなたが忘れないでいてください。そうすればきっと、救える命があります。」
思いは、伝わりました。
名取市内から 10歳の女の子
「将来伝えるきっかけがあったら伝えられたらいいなと思います。」
仙台市から 女性
「私の家族は大丈夫でしたけれど、周りに亡くなった方、私南の浜の方なので町内半分は被災しているんですけれど、こうやってつなぐって大事だと思った。」
岩田華怜さん
「私が伝えたいことはちゃんと届いているんだなと感じられたので、良かったと思います。この作品に興味をもっていただいた時点で語り継いでいく、風化させないっていうことの手助けをしてくれていると思うので、今日観に来て下さった皆さんもこの観劇を、この日を、忘れないでいてくれたらうれしいと思います。」
あの日を忘れないように。岩田さんはこれからも自分らしい形で震災を伝え続けます。
