東南アジア・ラオスの洞窟で2026年5月、住民7人が取り残される事故が起きた。世界から集結した精鋭ダイバーたちにより5人が救出されたが、過酷な自然の前に、残る2人の捜索は打ち切られた。
現場に入った日本人ダイバーの証言からは、命懸けの救出の舞台裏と、日本に突きつけられた課題が見えてきた。
突然届いたSOSと国際救助ダイバーの集結
5月末、水中探検家・伊左治佳孝さんのもとに、フィンランド人ダイバーから1通のメッセージが届いた。
「説明している時間がない。過去のチャットを全部読んでくれ」
急いで開いたグループチャットには、世界各国の洞窟ダイバーが集まり、刻一刻と悪化する状況が共有されていた。
「現場は崩れ始めている」
「まだ遭難者とも接触できていない」
ラオス中部サイソムブン県では、豪雨による鉄砲水で洞窟の出口がふさがれ、住民7人が閉じ込められていた。この場所は金採掘の「廃坑」だったが、一攫千金を狙う人々やコウモリを捕獲する人が命がけで立ち入っていたとみられている。
7人の体力は限界に近づき、本格的な雨期も迫っていた。救助に残された時間は、1分1秒を争うほど少なかった。
人骨が残る暗闇の廃坑
ラオスに到着した伊左治さんを待っていたのは、想像以上に厳しい現場だった。洞窟は、奥へ進むにつれて狭くなっていく。救助隊は、泥水が滴る岩肌に体をこすりつけながら、暗い坑道を這い進むしかなかった。
水中探検家・伊左治佳孝さん:
私は直接見ていないのですが、この洞窟には人骨もあったと聞いています。今回のように大きく報じられることなく、命を落とした人がいたのかもしれません。
その先に待っていたのもまた、生きるか死ぬかの現場だった。救助隊は重いポンプや機材を担ぎ、水没した洞窟から水を抜く作業を始めた。
「パニックになれば一緒に死ぬ」
事故から1週間が過ぎた5月27日、救助隊は入り口から約100m先で5人の生存を確認した。彼らはわずかな空間に身を寄せ合い、木片などを口にして飢えをしのいでいたという。
だが、生存確認はゴールではなかった。洞窟の外へ連れ出さなければならない。問題は、5人全員がダイビング未経験だったことだ。
水中探検家・伊左治佳孝さん:
極限環境の中で呼吸器の使い方から教えなければなりませんでした。さらにダイビング中、彼らがもしパニックを起こしてしまったら、私たちもそこで一緒に死ぬ危険性もありました。
救助隊は排水を進めながら、救出の準備を急いだ。しかし、水位は思うように下がらなかった。そこで救助隊は、大きなリスクを承知のうえで、体力が残り、自ら希望した1人を潜水で救出する決断を下した。
そして5月29日、まず1人目の救出に成功した。
タイの少年救出劇と決定に違った「狭さ」
今回の事故は、2018年にタイ北部で少年サッカーチーム13人が洞窟に閉じ込められた事故と比較されることが多い。しかし、現場の条件は大きく異なっていた。
水中探検家・伊左治佳孝さん:
タイの洞窟事故では、人を抱えて通るだけの空間があり、要救助者を眠らせて搬送することができました。でも今回は、自力で動いてもらわなければ脱出できない点が決定的に違いました。
今回の洞窟は高さ50~60cmほどしかなく、水没した区間も狭かった。遭難者を補助しながら通過させる余裕はなく、同じ救助方法は通用しなかった。
1人目の救出後、救助隊は残る4人をどう救出するか協議した。その結果、「同じ方法を繰り返せば死者が出る可能性が高い」と判断。翌日は排水を優先し、潜水による救助は最後の手段とする方針を決めた。
水中探検家・伊左治佳孝さん:
要救助者の体力が尽きてしまえば、潜水による救助もできなくなります。本当にギリギリの状況の中で、その都度判断していくしかありませんでした。
もし数時間遅れていたら…生死を分けた天候
現地当局の協力も得ながらポンプを増強し、排水作業は昼夜を問わず続けられた。そして翌30日、残る4人も救出に成功した。10日間にわたって洞窟に閉じ込められていた5人が奇跡的に救出された瞬間だった。
水中探検家・伊左治佳孝さん:
みんな抱き合って喜んでいました。言い方はちょっと難しいですけど、結果としては最高の形で救出できたと思います。
しかし、救出から数時間後、現地は再び激しい雨に見舞われ、洞窟は再び水没し始める。
水中探検家・伊左治佳孝さん:
数時間後では間に合わなかった可能性もあります。本当にギリギリのタイミングでした。
救出までの数日間は、大きな雨が降らなかったことが幸いした。もし豪雨が数時間早く訪れていたら、5人の生還はなかったかもしれない。
赤子を抱く妻の前で「捜索打ち切り」
5人の救出後も、残る2人の捜索が続けられた。洞窟につながる可能性がある新たな亀裂も見つかった。別ルートからたどり着けるかもしれない、という希望もまだ残されていた。
だが、その希望を打ち砕いたのは、再び自然だった。洞窟の入り口付近で崩落が発生し、雨も日ごとに強まっていった。もし隊員が洞窟に入れば、今度は救助する側が取り残される危険があった。
6月6日、現地当局は苦渋の決断をする。その日、伊左治さんからも短い連絡が届いた。
「捜索が打ち切りになりました。洞窟の崩落リスクが高まり、安全確保が難しくなってきたためです」
現地報道によると、捜索打ち切りが決まった日も、行方不明者の家族は現場を離れなかった。生後8カ月の子どもを抱いた妻が訪れ、夫の帰りを最後まで信じていたという。
国際救助隊は無念さを胸に、現場をあとにした。
ラオスの洞窟事故が日本に突きつけた課題
伊左治さんは、5人を救出できた安堵と、2人を救えなかった悔しさを抱えながら日本へ戻った。
洞窟事故は海外だけの話ではない。2023年には沖縄県与那国島の洞窟探検ツアーで、急な増水により3人が遭難し、うち1人が死亡した。
ラオスで救助隊が直面した課題は、日本にとっても決して無関係ではない。
水中探検家・伊左治佳孝さん:
今後、同じような事態が日本で起こった際、私がよりよく動けるようにするには、洞窟潜水の技術だけでは足りません。
伊左治さんによると、日本において水没した洞窟での救助経験を持つダイバーは事実上存在しない。陸と水が複雑に入り組む特殊な環境に対応できる人材は皆無に等しいのが現状だ。
当然、消防や警察、自衛隊にも十分なノウハウはなく、もし国内で同様の事故が起きれば、民間の専門家に頼るほかない。しかし、その「専門家」の層があまりにも薄いことに、伊左治さんは強い危機感を抱いている。
水中探検家 伊左治佳孝さん:
本来は私一人が担うべき話ではないと思っています。ただ、私に依存させてでも早く体制を作らないと、何か起きた時にどうしようもなくなるとも思っています。
ラオスの洞窟で問われたのは、目の前の7人をどう救うかだけではなかった。もし日本のどこかで同じ洞窟事故が起きたら、誰が現場へ向かうのか。誰が技術を継承し、救助を担うのか。
ラオスで幕を閉じた国際救助活動は、いま、日本にも重い課題を突きつけている。
(執筆:FNNバンコク支局 関隆麿)

